「バンド! バンド組もうよ千春ちゃん!」
 爽やかにさえずる小鳥に無視を決め込んで、昼過ぎまで惰眠を貪ろうとしていた千春の部屋に歩がノックも無しに飛び込んできたのは高校生になって初めての文化祭が終わった翌朝の事だった。
 せっかく月曜日が代休になったというのに、千春の母親は歩の事を無条件で家に上げるから困る。歩ちゃんは千春と違って女の子らしくて可愛いわぁ、なんて言って。
 まあ千春は千春で歩の母親には可愛がってもらっているのだけれど。お互い一人っ子だからだろうか。千春ちゃんは歩と違ってしっかり者だから、安心して娘を任せられるわね。
「バンドぉ……?」
「文化祭で先輩たちがやってたでしょ? 私たちもやろうよ! 来年は二人で文化祭デビュー! 再来年は武道館!」
 ベッドに潜り込んだまま呻くけれど、愛用の枕を奪いとられて仕方なく体を起こす。重い瞼を擦りながら目の前できらきらと瞳を輝かしている幼馴染みを見て、相変わらず影響されやすい奴だなぁと呆れそうになった。
 昨日クラスの出し物で演劇をした時は、確か女優になるだとか言っていた気がするのだけれど。――台詞が2回の、通行人Bの役で。ちなみに千春は裏手に徹して舞台には上がらなかった。
「えーとね、とりあえず千春ちゃんにはギターが似合うし格好いいと思うの。ぎゃーんってかき鳴らせば私もメロメロだよ?」
「いや、ギターなんて弾けないんだけど」
 もう寝ていい? と再び枕を取り返そうとしても、大丈夫だから大丈夫だからと歩はしつこく食い下がる。自信ありげに人差し指をピンと立てた。
「ほら、千春ちゃん剣道部でしょ?」
「……剣道はギターに関係ないでしょ」
「竹刀の『つる』が弦楽器っぽく」
「ない。寝る」
 自分の腕枕でなんとか横になって壁側を向く。背中側からは歩がむぅと頬を膨らませている気配がして、千春は小さく溜め息をついた。
「あーもう、しょうがないなぁ」
「してくれるの!?」
「ん、まあ……」
 歩の事だからどうせすぐに飽きるだろうし、父親の使っていたアコースティックギターなら押し入れにあったはずだ。メンバーが二人ではバンドとは呼べないだろうけれど、たまには彼女の気が済むまで付き合ってやっても良いかもしれない。メロメロになんて、いくらでもさせてやろう。
――しかしそういえば、歩は歌が壊滅的に駄目だったような。
「……歩は何か楽器出来たっけ?」
「リコーダーとケンハモだよ」
 やっぱり今の無し、と千春は強く瞼を閉じた。



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ピアニカとも言うよね。