帰りの会って、なんでこんなに長いんだろう。
黒板の前で先生が話している言葉を右から左へと聞き流しながら、歩は椅子に座った足をぶらぶらさせた。前の先生は、もっと早く帰らせてくれたのに。
九歳児にとって放課後の時間は貴重なのだ。今日は歩の好きなテレビアニメがある日だから、千春と一緒に見なくてはいけない。おやつはなんだろう。プリンだったら、嬉しい。
時計に何度も目をやっているうちにやっと先生が話をやめた。気をつけ、礼。さようなら!
「ちーちゃんちーちゃん! 早く帰ろっ!」
急いでランドセルを背負って、後ろの方で男子と喋っていた千春の元にぱたぱたと駆け寄る。けれど、先に行っといてー、おー、なんてやり取りを聞かされて嫌な予感がした。
「ごめん、今日タカやん達と遊ぶから一緒に帰れないや」
やっぱり。最近、いつもこうだ。
「……じゃあ、わたしも遊ぶ」
「だめだめ。あゆちゃんには危ないもん。ケガしたら私がお母さんに怒られるんだから」
唇を尖らす歩に首を横に振って、気をつけて帰るんだよと勝手にお姉さんぶってから千春は廊下を走り抜けていく。
4月生まれの千春と3月生まれの歩では確かに千春の方がずっと年上なのだけれど、自分だけ危ない遊びをするなんてずるい。
結局今日も別の友達と一緒に帰って、一人でテレビを見た。おやつはプリンだったのに、どうもいまいち物足りない。
「つまんなーい」
スプーンを放り投げて、リビングに大の字になって寝転んだ。
これも全部、秘密基地のせいだ。千春が男子に混ざって作っている、山のどこかにある秘密基地のせい。
わたしも作ってみようかな、とふいに思い立つ。一人で山に行くのは不安だから、家の中でもいい。材料はたぶん、段ボールとかビニール袋とか、そんなところだろう。ガムテープも必要だ。
ぱっと起き上がって家中をごそごそと探し回る。何か使えそうなものを見つける度に二階にある自分の部屋に持ち込んだ。土台は、角に据え付けられたベッドにしよう。おとぎ話に出てくるお姫様のベッドみたいに、周りがぐるっと囲んであるのも素敵かもしれない。
背伸びをしてなんとか手が届く高さの壁に、段ボールをガムテープで固定して。真っ黒なゴミ袋を広げて切って、貼り付けて。つぎはぎをするみたいに壁を増やして、ベッドを囲んで。
「……ん、うーん」
作業自体は楽しかったのだけれど。
苦心したわりには、かなり――微妙だ。すごく微妙だ。とっても微妙だ。
「ちーちゃん、これのどこが楽しいんだろ」
首を傾げながら出来上がった『ひみつきち』に潜り込む。お母さんがドアを開けたら、きっとびっくりするような秘密基地だ。
どこか間違っているような気もするが、歩にはそれがどこなのかよく分からなかった。秘密にする理由は、特に無いのだし。
基地の中は床がベッドで、あとは落とし穴を連想させる。壁があって、狭くて暗いから。
やっぱり、微妙だ。
「つまんないよぅ……」
また寝転んで呟いた。千春がいないと、面白くない。一人だと、何をやってもさびしい。
窓の外はいつの間にか雨が降り出してきていて、部屋の静けさが余計に際立つ。いつもならちーちゃんが一緒に――
「うわ、え、何これ? あゆちゃん?」
「――ちーちゃん!」
基地の外からうろたえたような声がして慌てて顔を出す。入口が少し壊れたけれど、気にはならなかった。
一度家には帰っていたのか、手提げ鞄だけを持った千春が目をぱちくりさせている。段ボールとゴミ袋で出来たつぎはぎの壁から幼馴染みの生首が飛び出してきたのだから、無理もない。
「遊ぶの、やめたの?」
「やめたっていうか、雨だから中止っていうか……あゆちゃん、何してたの?」
「いいからいいから。ちーちゃんも入りなよ」
なんだか急に嬉しくなって手招きをすると、怖々とした様子で千春も秘密基地に入ってくる。つぎはぎの壁に囲まれた中で体育座りをして、窮屈そうに身を寄せた。
「楽しい?」
「……びみょー」
「わたしもそう思う」
「意味分かんないよあゆちゃん……」
「へへー」
秘密基地は微妙だけれど、それでも笑ってしまうのは。
二人だとやっぱり、楽しいからだ。
□ □ □
「まあその後、お母さんにこっぴどく叱られたわけなんだけど」
「材料、勿体ないもんねー」
ぼんやりとしたライトスタンドに照らされた中で所々適当に端折りながら昔の思い出話をすると、美夏は納得したように頷いた。怒られるのも当たり前だ、とでも言いたそうに。
「押し入れでも良かったんじゃない? あそこ、結構落ち着くよ」
「でもやっぱり、段ボールが基本じゃないかなぁ。ゴミ片付けるのが大変なんだけど」
「ゴミ、すごいよねー」
「なんでこんなに散らかるんだろうってくらい、すごいよねぇ」
規模が昔と、比べようもないし。
リビングの中央に設置された段ボール製の秘密基地の中で現実を直視できないまま笑い合う。
暇だし、懐かしいよねぇってノリで二人一緒に作り始めたはずなのに。知力も技術も体力も、お財布事情すらレベルアップした今となっては、秘密基地作りのクオリティもなかなか上がってしまうわけで。
「ただいまー。あれ? 美夏ちゃん来てる……の」
朝から出かけていた千春がタイミング悪く帰宅して、そのまま硬直している姿が目に浮かぶ。どどんと鎮座した段ボールハウスとゴミの山を見て、青筋を浮かべている表情も。
「怒られるかなぁ」
「怒られるでしょ」
二人一緒に、合掌。
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