「貴方が落としたのはこの年上でセクシーな歩さんですか? それとも、この年下でキュートな歩さんですか?」
「……」
 どこからどう、説明すればいいのだろうか。
 千春自身にもよく分からないが、確か歩と一緒に山へピクニックに来て。お弁当に入っていたおむすびが転がっていったからそれを一緒に追いかけて。
 突然現れた蛍光ピンクの池に歩が落ちたと思ったら、シュノーケルをつけた美夏が両手に二人の歩を抱えて現れた、気がする。
 右手に見えるのは二十歳半ば程に成長した見慣れない姿の幼馴染み。左手に見えるのは十代半ば程に若返った懐かしい姿の幼馴染み。
 頭が痛い。
「普通に同い年の歩だけど……美夏ちゃん何してるの?」
「まあ、なんて正直な方でしょう! さすが千春さん、素敵です!」
「あのー、私の話聞いてる?」
 シュコーシュコーと音を立てながら感激したように両手を打ち合わせる美夏に半眼で呻く。手を離されてまた池に落ちた歩達を引っ張りあげて、真顔で答えた。
「このバイト時給良いんですよ。今月はちょっとお小遣いがピンチでして」
「……バイトなんだ」
「さてまあ、それは置いといて」
 千春がノリに置いてけぼりになっているのは気にしないらしく、小さく咳払いをする。どこでこんなバイトを見つけてきたのかは突っ込まない方がいいのだろうか。
「正直な千春さんには、セクシーとキュートの両方を差し上げましょう。今ならオプションで眼鏡とスーツ、ツインテールとセーラー服をお付けします」
「え、いや、本気でいらな」
「では私はこれで」
「……」
 またごぼごぼと池の中に沈んでいく美夏を黙って見送る。
 あとにはただ、セクシーな歩とキュートな歩だけが残されていった。


 気がついた時には見慣れたアパートに戻ってきていて、ソファーで煙草をふかしていた。
 ただし、両サイドにいる歩は二人なのだが。
「ねぇ千春、私にも一本くれない?」
「……歩、煙草吸えたっけ?」
「歩さんでしょ?」
「はぁ」
 セクシーな方に促されて箱ごと手渡すが、なんだかむかつく。胸を強調しながら足を組むな。
「ねぇねぇ千春お姉ちゃん、勉強教えてよぅ」
「……歩、私より成績良かったよね?」
「あゆちゃんでいいよ?」
「はぁ」
 キュートな方に腕を引かれて方程式を解くが、なんだかうざい。目を潤ませながら見上げるな。
「……なに、この状況」
 他にも膝枕で耳掃除をしてくるセクシーやら、プリンをあーんとさせたがるキュートやら。流されるまま受け入れてはみたものの――決して眼鏡スーツとツインテールセーラーに釣られたわけではない――やたらと疲れる。
 両手に花というより、サボテンでも抱えている気分で溜め息をついた。
 そもそも千春が歩をセクシーだのキュートだのと思った事なんて一度もないのだけれど。便宜上区別してはみたものの、鳥肌が立つ。
 窓の外はもうとっぷりと日も暮れていたが、不思議とお腹が空かない。これ以上二人に付き合うのも面倒で、寝ようかと立ち上がったところを引きずり下ろされた。
「さ、一緒にお風呂に入るわよ千春」
「お姉ちゃん、背中流してあげるね」
「いたっ、痛い! 動きくらい統一しろ!」
 大岡裁きのように両サイドから腕を掴まれて涙目になりながら怒鳴る。ぽいと床に投げ捨てられて説教の一つでもしてやろうかと顔を上げて、やっぱりやめた。
「……何よ。これから千春とまったりしっぽり大人の夜を過ごすんだから邪魔しないでくれる?」
「……お姉ちゃんはそんな熟れた夜に興味ないもん。手取り足取り若々しい夜を一緒に過ごすんだから」
 言ってる事は同じだろと突っ込みたいけれど間に割って入るのが怖い。
 四つん這いになってこっそりと逃げだそうとする千春の襟首を二人が掴んで、凄むように見下ろした。
「セクシーなの」
「キュートなの」
「「どっちが好きなの!?」」


「――どっちも嫌だ!」
 叫びながら起き上がって、はっとする。
 夢だ。いや、当たり前といえば当たり前だけれど、夢でよかった。
「び……びっくりしたー。おどかさないでよ」
 肩で息をする千春のそばで歩が胸を押さえながらまばたきする。これも当たり前だけれど、普通に同い年の歩だ。部屋には妙に明るい音楽が流れていて、昼寝をしていた千春の隣りで勝手にCDコンポをいじっていたらしい。
 原因は、これか。
「あ、勝手に借りてごめんね。今度カラオケであやや極めとこうかなーと思ったんだけど、私の壊れちゃったんだもん」
「……歩さぁ」
「なに?」
 物の貸し借りは今更だから、寝癖のついた髪を手櫛で掻き混ぜながら問い掛ける。相変わらずぽやんとした、しまりのない顔だ。
「変な事聞くんだけど。その、私とお風呂とか入りたい?」
「えー? だって千春ちゃん、恥ずかしいって嫌がるじゃない。入りたいなら脱ぐけど」
「脱ぐな」
「冗談なのに……」
 着ていたシャツに手をかけようとする歩の頭を軽くはたくと、唇を尖らせて不満そうに呟かれる。子供の頃や銭湯ならまだしも、あんな狭い風呂で二人きりなんて冗談じゃない。
「歩はセクシーでもキュートでもないけど、やっぱ、いいなぁ」
「それ、全然褒めてないよ」
「褒めてる褒めてる」
 思わず抱き締めながら上機嫌で笑う千春に、まだ寝ぼけてるの? なんて歩は首を傾げるけれど気にしない。オプションには誘惑されたけれど、泉に落とした斧には一番思い出が詰まっているのだから。
 やっぱり、これが良い。


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