「ねぇ。反省した?」
「……しました」
「結婚してくれる?」
「……してください」
「素直でよろしい」
頷くと、額に唇を落として嬉しそうに笑う。こちらからは出来ないくせに、体を離しながら物足りなく思っている自分が相変わらず情けなかった。
「あ」
きゅる、と歩のお腹が間抜けな音を立てる。
つい無言で見つめてしまうと、慌てて発生源を押さえた彼女が拗ねたように唇を尖らせる。千春ちゃんに泣かされたからお腹が空いたんだよ、と恨みがましく呟いた。
「……そういやプリンあるよ。さっき買ったんだけど、食べる?」
「食べる!」
「じゃ、取ってくる」
玄関に置いたままにしていたのを思い出して提案すると、顔を輝かせて即答する歩に苦笑しながら立ち上がる。いくつになっても、子供っぽいやつだ。
そこが可愛くは、あるのだけれど。
「はい」
袋の中を探りながらソファーに腰を下ろして、少しぬるくなったプリンとプラスチックのスプーンを渡してやる。
手のひらに乗ったそれをしばらく眺めて、何か閃いたようににっこりと笑った。
「はい!」
「……なんで返す」
勢いよく突き出された手を軽く叩きながら呻く。めげずに腕を伸ばしたまま、悪戯っぽく小首を傾げた。
「食べさせて?」
「ええー……やだよ、恥ずかしいし」
「なんでよぅ。いいじゃない、結婚するんだから」
それを言われると、弱い。
結局、溜め息をついてからプリンを受け取って蓋を剥がす。すくいとった中身をぎこちなく歩の口元へと運んだ。
「……あーん」
「あー」
満足そうに口を動かす彼女と違って、照れくさくて死にそうになる。肩を震わせて羞恥に耐えていると、早く早く、と催促されて、そっぽを向いたまま先程の動作を繰り返した。
「わぷっ、ちょ、千春ちゃんいひゃい!」
「え、あ、ごめん」
手探りで動かしていたせいで、唇の横にスプーンを押し付けられた歩が抗議の声をあげる。慌てて視線を戻す千春に、頬を膨らませて唸った。
「もー、べとべとになっちゃったじゃない。千春ちゃんやる気あるの!?」
「やる気って言われてもなぁ……」
千春がこういう事に向いていないのは知っているくせに、わざわざさせる歩にも問題があるんじゃないだろうか。
まあ、恋人らしいことがしたくて甘えているんだろうな、というのは分かる。お互い、幼馴染みとしての距離をずっと踏み出せなかったわけなのだから。
――とはいえ、恋人らしいこと、と言えば他に。
「……ほら」
「……」
「いや、リアクションがないと余計恥ずかしいんだけど」
このくらいしか思い付かなくて小さくキスをしてみたものの、ぽかんとしたままの彼女に肩をすくめる。唇に残った柔らかな感触に、自分でも顔が熱くなった。
ぱくぱくと口を動かしてばかりの歩の方が、もっと赤くなってはいるけれど。
「い、いまのは反則だとおもう」
「何で?」
「なんでも! 急だったからよく分かんなかったの! 先に言わないとだめ!」
ようやく声になったかと思えば、何が気に入らないのか駄々をこねられて溜め息をつく。まだ残っているプリンをテーブルの上にやって、代わりに歩の肩に手を置きながら小さく尋ねた。
「……それじゃ、もう一回していい?」
「う、うん」
緊張したようにきつく瞼を閉じた歩に、ゆっくりと唇を重ねる。そういえば、歩が誰かとキスをしたことがあるなんて聞いた試しがなかった。
初めて、だったのだと思う。
「ん」
触れただけで離そうとしたのを止めて下唇を食んでみると、戸惑った彼女が背中に腕をまわしてしがみつく。そのまま何度もついばんでいるうちに歯止めが効かなくなってきて、細い顎を持ち上げながら囁いた。
「ごめん、苦しかったら教えて」
「ふえ? んっ、んぅ……!」
もっと歩をそばに感じたくて、半ば無理やりに舌を絡める。荒く息をしながら貪るように濡れた舌を舐めて、上顎をくすぐった。唇同士で触れ合うのとは違う、粘膜が擦れる刺激にぞくぞくする。
座ったままではもどかしくて、押し倒すようにソファーの上で横になる。こんなに柔らかくて、いい匂いのする人が自分の恋人なのだ。
身体中が熱いせいか、頭の中がぼんやりとして上手く働かない。べとべとになった口元を拭いながら唇を離して、息を整えようと忙しなく動いている白い首筋を強く吸った。深い朱色に染まる跡を見て、次はどこにつけようと探りながら舌を滑らせる。
「やっ……ちは、るちゃん、まって、だめだってば……」
「嫌?」
「違うけど、ここでしなくてもっ、ん、ベッドとか。わたし、はじめて、だし……っ」
「だって、もう我慢するの無理、限界っぽい」
困惑と不安が入り混じった顔で身をよじる彼女に覆い被さったまま、欲しいものをねだる子どものような声で言葉を漏らす。(文章が省略されました)
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