あ) 赤い実

「赤い実はじけたって知ってる?」
 一緒にお昼ご飯を食べていた彼女が唐突にそう話し掛けてきて、少し考え込む。ああ、小学校の国語で習ったなぁとぼんやり思い返した。
 あまり良く覚えてはいないのだけれど、パチンという音が印象的な話だった。確か、初恋がテーマなのではないかと当時は解釈していた気がする。
「まあ私も詳しくは覚えてないんだけどね。女の子が魚屋の男の子を好きになる話じゃなかったっけ? ていうか、赤い実ってザクロだっけ?」
「いや、わかんないけど」
 とにかく恋をしたらパチンって音が聞こえる話だよ、と彼女はよく分からない説明をしてくる。何故高校生にもなってこんな話をしているんだろうと首を捻ると、ねぇと彼女が私の制服の袖を引っ張った。
「ぱちーん」
 銃を形作った指で私の心臓を撃ち抜くふりをしながら笑ってきたので、それはちょっと違うんじゃないのと笑う。
 不覚にも、パチンときたのは内緒である。


い) いいね、それ

 隣の席に座っていた白崎さんは西洋人形のような顔をした本当に可愛らしい女の子で、当時小学生だった私にとっては、そこら辺のただ足が速いだけの男子なんかより、ずっとずっと素敵な人だった。
 白崎さんはキャラクターがプリントされた鉛筆や良い匂いのする消しゴムを良く使っていたので、私はそれを見るたびに、
「いいね、それ。どこで買ったの?」
 と尋ねるのだ。そして一生懸命貯めた少ないお小遣いで、同じ物を購入するのである。正直言うと私はこの手の女の子女の子した物は苦手であったのだが、自分の趣味よりも憧れの彼女とお揃いの物を使っているのだというささやかな幸せを選んでいた。
 しかし白崎さんは大抵それをすぐ別の物に買い換えており、私はまたそれを購入するためにお小遣いを貯めなければならない。
 まいったなぁと思っていると、ある日白崎さんがいつも彼女に金魚の糞のようにくっついている女の子と話をしているのを聞いた。
「あの子、すぐ私の真似しようとするのよ。嫌になっちゃうわ」
 その後いかに自分の家がお金持ちで、目立つのは自分だけでいいのだといった事をシンデレラの意地悪な義姉達のような顔で続けていたので、私はすぐに自分の文房具をゴミ箱に捨てて地味なものと取り替えてやった。
 お前なんかと、誰がお揃いにしてやるものか!


う) うたた寝

 午後の授業をサボって屋上で眠っていた所、大変嫌な夢を見て目を覚ました。これは怠惰な生活を送る自分への天罰だろうか。確かに、屋上にビニール製の敷物と枕まで持ち込んだのはやりすぎかもしれない。
「やぁやぁ、おはよう」
「……おはよう」
 いつの間に来ていたのか、隣に座って本を読んでいた彼女が声をかけてくる。授業をサボるだなんて悪い奴だと言ってやると、ええ本当に困ったものですなと返された。
「寝顔も可愛いね」
「そうですか」
「せっかく誉めてるのに」
 頬を膨らませる彼女からそっぽを向いて寝返りを打つ。恥ずかしい事をさらりと言うのが悪いのだ。
 それでも嫌な気分はいつの間にか晴れていたので彼女の隣でまたうとうとと眠りながら、いつかの初恋より彼女の方が好きだなぁと私は思った。


え) エッチな本見つけた

 彼女の両親が留守で寂しいからと言うので、私が泊まりに行く事になった。
 やたらと張り切って夕食の準備をする彼女に手伝おうかと申し出ると、「私の愛が試されてるから駄目」とわけの分からない理由で断られて部屋で漫画でも読んでいろと台所を追い出される。愛がどうのというより、私の成績表にある家庭科2という数字が原因ではないだろうか。
 彼女の部屋の本棚を眺めていると隅の方に難しそうな参考書の背表紙を見つけて手に取ってみる。頭の良い彼女だから、さすがだなぁと感心しながらページをめくった。
「……」
 参考書のはずが女性の裸を描いたイラストが出てきて眉間を指で押さえる。いわゆる成人向け漫画の表紙だけを参考書とすげ替えるだなんて、古典的すぎた。
 見なかった事にしてあげようかなと思ったけれど、たまには彼女の弱みを握ってやろうと本を持って台所へ戻る。
「ああそれ、あんたの顔に似てるでしょ?」
 惨敗。


お) お酒でおやすみ

 夕飯は美味しかったしお風呂も――彼女が一緒に入ってこようとするのを懸命に止める苦労はあったけれど――良い湯加減だった。何度かこうして泊まった事があるけれど、彼女の家はなかなかに快適である。
 ただ、お風呂から上がった彼女が嬉しそうに冷蔵庫から取り出す缶や瓶に問題がある。
 私達はまだ高校生であるのでアルコールなんて摂取するべきではないと思うのだけれど、たまにはいいじゃないと彼女に言われてちびちびとコップの中の苦い液体を啜る。私はこれがあまり好きではないけれど、家系のせいか弱いわけではなかった。
「ねぇ、ちゅーしようよ、ちゅー」
 逆に彼女はすぐにこうして酔っぱらって私に絡んでくるのでたちが悪い。適当にあしらっていると本当に自分の事が好きなのかとか女同士だから駄目なのかとか泣きそうになるのでもっとたちが悪い。
「馬鹿な事ばっかり聞かないでよ」
 そして私がぶっきらぼうに言いながらキスをしてやると、安心したようにすぐ眠る。本当に困った奴だ。
 私達は大抵いつも、こんな幸せな事ばかり繰り返している。


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