【たたかえ! 相手いないけど。】

「説明しよう! 墜落戦隊ホテルンジャー(仮)とは、地球の平和を守る正義の組織なのである!」
「ちょっと歩、急に大声出さないでよ」
「……歩じゃないもん。イエローだもん」
 〇月×日晴れ。場を盛り上げようとしたら千春ちゃ――ブルーに怒られた。
 ここは日本のどこかにある、墜落戦隊ホテルンジャー(仮)の秘密基地。何しろ秘密基地ってくらいだから詳しい場所は言えないんだけど、大体駅まで徒歩5分、ツタヤまでは徒歩10分くらいの所にある。コンビニも近くにあって大変便利です。
 名前が(仮)なのは、歩戦隊可愛いんじゃーにしようと言ったら猛反発されたから。
 様々な機材に囲まれた円卓に座って、私は唇を尖らせながら目の前にあるお皿をスプーンでつついた。今日も何も事件が起きない。確かに平和なのは良い事だと思うけど、イエローだからってカレーばっか食べてるのも飽きちゃうよ。
 私たちは地球の平和を守る正義の組織のはずなんだけど、基本的にはいつもこうして暇している。出来る事といえば節水を心掛けたりゴミの分別をきちんとしたりのそんなエコ。今使ってるスプーンも、使い捨てのプラスチックじゃなくてステンレス製のマイ先割れスプーンだよ。
「佐和子ちゃん何読んでるの? ああ、それ面白いよね」
「千春さんも読んだ事があるの? もう何度か読んだのだけど、主人公が好きなのよ」
 私には素っ気ないくせに、千春ちゃん(ブルーとか呼ぶのがちょっとアホらしくなってきた)が一人黙々と本を読んでいた佐和子ちゃんに声をかける。ああだこうだと本の内容について語る二人に嫁としての危機感を覚えた。どうせ私は漫画しか読みませんよーだ。
 千春ちゃんは物静かで冷静で、可愛いっていうよりも綺麗だよねって感じの年下に弱いのだろうか。何しろ佐和子ちゃんはポジション的にもブラック。カレーイエローな私とは雲泥の差だ。
 まぁ、女の子に嫉妬してもねと思ったりもする。私と千春ちゃんは姉妹みたいなものなんだし。
「ねぇねぇ郁、どうせやる事ないし二人でクレープ食べに行こうよ。駅前のとこ」
「え、う、うん……」
 少し離れた所では、みなみちゃんが『二人で』をやたら強調しながらいっちゃん(郁ちゃんだと呼び辛い)にべたべたしている。
 いっちゃんは我らがリーダーであるレッドのはずだけど、みなみちゃんがいない時は見ているこっちが恥ずかしいくらい佐和子ちゃんとイチャイチャしているくせに、みなみちゃん(ポジションはピンク)がいる時はいつも彼女にべったりだ。ピンクが本妻でブラックが愛人のレッドがいる戦隊ものなんて、昼ドラの時間にしか放送してもらえないと思う。
 ちなみに私はみなみちゃんがちょっと怖い。前に冗談のつもりでいっちゃんに抱き付いたら、すごい勢いで睨まれた。あと「ねぇ歩さん、ちょっとコンビニに買い物行ってくれません?」とかさりげなくパシらされて、グラビア袋とじ付きのおっさん向け週刊誌と夜もギンギンな栄養ドリンクを買わされた。そりゃいっちゃんもこそこそするよね。どうでもいいけど、あの雑誌は結構面白かったからまた買おうと思う。
 私、千春ちゃん、佐和子ちゃん、みなみちゃん、いっちゃん。以上の5人がホテルンジャー(仮)なんだけど、私たちには事務要員としてあと2人のメンバーがいる。何もやる事がないから、何もしないんだけど。
「いい? つまりこれの計算はこうやって」
「え、こっちだよね?」
「……あれ?」
 それが今ノートを広げて学校の宿題をやっている、お隣りの美夏ちゃんといっちゃんの妹の未来ちゃんだ。
 先輩風を吹かせた美夏ちゃんがまだ中学生の未来ちゃんに勉強を教えているみたいだけど、逆に教わっている光景に涙が出そうになる。私立って、少し先の範囲まで学校で習うし。
「暇だよぅ……」
 もっとこう、変身したり合体変形ロボに乗ったり、たまにピンチに陥ってみたりしたいよね。ひょんな事から仲間とすれ違った千春ちゃんが一人で敵と戦おうとして、やられそうになった所を私が格好良く助けて、更に深まる二人の絆! みたいな展開を切望する。実際見られそうなのは、いっちゃん絡みの三角関係くらいだけど。
 公園のゴミ拾いでもしに行こうかな、とぼんやり考える。あれをやっていると、たまに散歩中のおばあさんが飴をくれるのだ。
「あーもー最悪。クレープ買えなかった」
 いつの間に出かけていたのか、みなみちゃんが不機嫌そうに椅子に座る。いっちゃんも苦笑いしながら隣りに座った。
「あたしらが先に並んでたのに、なんか全身タイツにお面被った変な集団が割り込んできてさー。生クリームとか食べ散らかしてたから、服汚れそうで帰ってきちゃった」
「それは残念ね」
「……雨宮に話してるわけじゃないんですけどー」
 火花が散ってきそうなので、話すのをやめて隅の喫煙スペースで煙草を吸っていた千春ちゃんの側にこっそりと避難する。本当にあの二人は――みなみちゃんが一方的に佐和子ちゃんを嫌ってるだけだけど――仲が悪い。今日みたいに基地にメンバー全員が揃っているのが稀なのもそのせいだ。いつもはいっちゃんが二人の間を行ったり来たりしながら仲を取り持っている。
 それにしても迷惑な連中もいるものだ。全身タイツにお面なんてまるで――
「あー!」
「うぐ」
 急に抱き付いたせいで千春ちゃんがむせ返っているけれど、今はそんな場合じゃない。
 敵だよ、敵。そんな格好で生クリーム食べ散らかすなんて敵に決まってるよ。
「いっちゃん何でそのまま帰ってきたの!? みんなを呼んで戦わないと駄目でしょ! レッドのくせに!」
 無言で佐和子ちゃんを睨んでいるみなみちゃんを頭を抱えながら眺めていたいっちゃんに食ってかかる。え? と彼女はアクセサリーを指でいじりながら目をぱちくりさせた。
「いや、だってみなみが帰ろうって言うから」
 これだからへたれは!
 地団太を踏んでから月1ペースでしか使わない巨大モニターを起動させる。実はこんな事もあろうかと街中に監視カメラを設置してあるのだ。いつも飴をくれるおばあさんの飼い犬が迷子になった時しか使った事ないけど。
 画面に大写しになっているのは車で移動出来るようになっているクレープ屋さんと、それを取り囲んでやっぱり生クリームを食べ散らかしている変な集団。私が帰りに食べようと思っていたパフェ用のプリンまで好き勝手食べるなんて、極悪非道にも程がある。
「ほらほら千春ちゃん、出撃だよ出撃!」
「やだ。面倒だし」
「……佐和子ちゃん!」
「この本、まだ読み終えてないのよ」
「……み、みなみちゃんといっちゃん」
「あたしもう帰る。ね、郁」
「あ、うん。みなみが帰るなら送ってくよ」
「……一応聞くけど、美夏ちゃんと未来ちゃんは?」
「これってどうやって解くの?」
「ええと、それはこう」
「みんなのあんぽんたん!」
 協調性の無いメンバーを置いて、私は半泣きのまま一人基地を後にする。
 だって涙が出ちゃう、女の子だもん。

  □ □ □

 そんなこんなで、やってきました事件現場。
 人込みを掻き分けてなんとか辿り着いた広場はべたべたのクリーム塗れで、既に満腹になった怪人があちこちの地面に転がっていたりする。私はそれをおっかなびっくり避けながら中心部へと進んだ。
 本当は変身して怪人を薙ぎ倒しながら進んでいきたいところだけれど、生身の私にはそんな腕力も体力もない。実を言うと、私たちは五色揃ってないと変身出来ないのだ。変身出来た事が過去に一度もないのが悲しい。
 私に残された武器は話し合いくらいなので、とりあえずまともそうな怪人を探す事にする。怪人にまともも何もあったもんじゃないというのはこの際置いといて。
「……何で私がこんな事しないといけないのかしら」
 と、飛び散ってきたクリームを指で拭いながらしかめっ面で煙草を吸っている眼鏡のお姉さんを発見する。セオリー通り見た目的にも年齢的にもギリギリな、妙に露出の激しいボンテージファッションをしているあの人が幹部なんだろう。
「そこまでだよ! やりすぎ家庭教師!」
「誰がよ!?」
「雰囲気的に!」
 イメージカラーである黄色の煙幕を脳内で爆発させながらお姉さんの前に躍り出る。彼女が怒鳴りながら揉み消した煙草がぐしゃっと灰皿の中で潰れた。
「か弱い庶民の心の拠り所クレープ屋さんを集団で襲うなんて言語道断! 私だってお腹いっぱいプリン食べてみたいし、不機嫌なみなみちゃんは怖いのに!」
「……そんなの私に言われてもね」
 お姉さんは新しい煙草を取り出して、呆れ顔で火をつける。
 大体あなたね、と説教でもするみたいに足を組んだ。
「何の権利があって邪魔するのよ?」
「だってこんなの迷惑じゃない。タダで食べられたらお店の人もたいへ」
「お金なら払ってるもの」
「こ、こんなに汚したらあとで片付ける人が」
「掃除くらいして帰るわよ。当たり前じゃない」
「……ええー?」
 なにそれ。
 私は脱力しながら肩を落とす。ちなみにこの後は駄菓子屋さんでシール付きチョコウエハースを根こそぎ買い占めるらしいんだけど、お金を払うなら文句は言えないわけで。
 帰ろう、と回れ右する私の肩をお姉さんががっしりと掴んだ。
「で。誰がやりすぎ家庭教師ですって?」
 私、正義の味方なのに。

  □ □ □

 ○月×日晴れ。
 何故かクリーム塗れになった歩が泣きながら帰ってきたので、わけのわからないまま二人で銭湯に寄って帰る事にした。体重計に乗ったまま固まって、家庭教師に無理やり食べさせられたせいだと余計泣いていた。わけがわからない。
「……ねぇ千春ちゃん。私、いつか復讐できるようにムキムキになるまで筋トレするから」
 それはちょっと。