【ときめけ! 流行を取り入れて。】
さて、墜落戦隊ホテルンジャー(仮)を覚えているだろうか。
正式名称は歩戦隊可愛いんじゃー。地球の平和を守るために日夜秘密基地に集まってはカレー食べたり煙草吸ったり読書してたり昼ドラしてたり宿題をやったりして適当に暇を潰してる正義の集団の事だよ。飲酒運転の取締まりとか麻薬密売組織の陰謀を暴いたりとかはまあ、おまわりさんがやってくれるし。
普段別々の生活をしてるどころかいっちゃん達に至っては何だかごたごたになってるはずの私たちが集まってるのは時空の歪みとか時系列が違うとかノリとか、そんなので科学的に説明がつくと思う。たぶん。
「とゆーわけで。はい、第83回影が薄いならいっそキャラ変えて目立っちゃえばいいじゃん会議ー。ぱちぱちぱちー」
「……」
椅子の上に立ちながらさっきまでカレーを食べるのに使っていた先割れスプーンをびしっとかざして宣言する私を、宿題をやっていた年少組(未来ちゃんと美夏ちゃん)が迷惑そうな顔で見上げてくるけど気にしない。年長者の経験と思いつきとあと思いつきに基づいて生まれた意見は、総じて若者には疎まれがちなものなのだ。
ちなみにニコチン中毒気味な千春ちゃんはコンビニまで煙草を買い出しに行くついでにツタヤでホラー映画を物色してる最中だろうから今はいない。というか、いたら絶対怒られるからいないのを見計らってやってるんだけど。
「この会議はあれだよ、なんていうかね、私の暇潰しの一環かつ日頃出番を失ってはくすぶっていく君達の情熱の炎を再び萌えあがらせようっていう、大変有意義なものなんですけども」
「歩さん、暇潰しって思いっきり言ってるじゃん」
「私は別に、お姉ちゃん達の間に入ってく立ち位置じゃないから気にしてないんだけどな」
大仰な身振りで咳払いをしてみせる私に返ってくるのは実にやる気のない答えばかり。そんなだからキャラが曖昧で使い辛いとか言われるんだよ。誰が言ってたかは忘れたけど。
「えーとじゃあ、まずは未来ちゃんね」
「……」
余計なお世話だと言わんばかりの視線を無視してテーブルの上に投げていた資料をぱらぱらやる。
――椎名未来。郁の妹。私立の一貫校に通う中学3年生。わりと成績優秀。姉妹仲は良好。
「ツンデレ」
「は?」
「ツンデレになれば人気出るかも。なんか流行ってたじゃん」
妹といえばツンデレ。これ基本だよね。
とりあえず未来ちゃんの資料にシャーペンで『ツンデレ』って書きくわえてみる。
――椎名未来。郁の妹。私立の一貫校に通う中学3年生。わりと成績優秀。姉妹仲は良好。でもツンデレ。
おお、なんかちょっと前より立派に見えるかも。でも、って辺りに私のセンスが光ってる感じ。
丁度いっちゃんも暇そうに漫画読んでるし、みなみちゃんも隣りでファッション誌読んでるし、試しに新生椎名未来としてデビューしてくればいいかもしれない。そういえば私が前にパシらされてきたおっさん週刊誌をみなみちゃんが読んでるところって見た事ないんだけど、あれはやっぱ嫌がらせだよね。私の部屋にはちゃんと袋綴じ開封済みのやつが山程積まれてるのに。
「……そんな事言われても、私ツンデレとかよく分かりませんよ?」
首を傾げる未来ちゃんの背中を大丈夫大丈夫と後押しする。
なんか適当にツンツンしてなんか適当にデレデレしとけば、何とかなるんじゃないかなぁ。
「歩さんの指示って、『なんか』ばっかで適当だよねー……」
「えへ」
おろおろしながらいっちゃんの方に歩いていく未来ちゃんを眺めて美夏ちゃんが呆れたような溜め息をついたので、笑って誤魔化しておいた。
「あ、あのっ、お姉ちゃん!」
「なに?」
「どしたの未来ちゃん。宿題で分かんないとこあるなら教えるよ?」
意を決した感じに声をかけられた二人がきょとんと振り向く。なんかみなみちゃん、未来ちゃんには優しい。将を射んとすればまず馬から射よ?
少し考え込む未来ちゃんをいっちゃんは気楽な感じでぽけーっと見つめている。その表情がほんの数分後には妹萌えに染まるとは、お釈迦様でも思うまい。くっくっくっ。
「えーと、あのね、お姉ちゃんお茶飲む?」
「うん」
頷かれて、そそくさとお茶をつぎに行く。紅茶でもコーヒーでもいいけど、いっちゃんの好みなのか熱い緑茶を湯飲みに注いで戻ってきた。みなみちゃんの分は紅茶らしい。
「あ、お姉ちゃん。まだちょっと熱いから待ってね」
みなみちゃんの前にはそのままティーカップを置いて、いっちゃんの緑茶にはふーふーと息を吹き掛けて冷ます未来ちゃんをいっちゃんは「いつもありがと」なんて言って笑う。いつもこんな事してるのかな、この姉妹。みなみちゃんの表情は若干引きつってるのに。
ていうかツンデレのツの字のないムードだったので、慌ててそばにあったノートとマジックでカンペを出してみる事にした。
『ツンツンだよ!』
「意味分かんないよそれ」
「えへへ」
なんとかなるなる。
自分で書いといてアレだけどさ、ツンツンってなんだろうね。
程よく冷めたらしいお茶をいっちゃんに手渡そうとしていた未来ちゃんが、カンペを見て本来の目的を思い出したのか動きを止める。ツンツンって具体的にはどうしたらいいんですかって顔に書いてあったけど、そこはまあ各自の判断で。
「未来?」
いつまで経っても湯飲みを渡してくれないので、いっちゃんが不思議そうに名前を呼ぶ。
未来ちゃんはちょっと悩んでから、
「――べ、別にお姉ちゃんのためにふーふーしたわけじゃないんだからね!」
「今の流れで!?」
言ったのは良いけど、突っ込まれてた。だめだこりゃ。
仕方ないので、助け船としてまたカンペ。
『デレていいよー』
「やる気なさそうだね」
「うん、わりと」
混乱した未来ちゃんの頭の上にぐるぐるマークが見えてくる。どうしたらいいんですかーって顔に書いてあったけど、頑張って。
「あの、未来? さっきから一体どうし」
「でも好き!!」
「だからどうしたのさ!?」
「お姉ちゃん大好き!!」
「意味分かんないって未来!」
だめだこりゃ。
「えーと」
きっと疲れてるんだよ、ほら、今度一緒に水族館にイルカ見に行こうね? なんて優しく慰めようとするいっちゃんを振り切って泣きながら戻ってきた未来ちゃんは基地の隅で体育座りをしたまま真っ白な灰になってしまったので、私はこほんと咳払いをする。
「まあ、ツンデレっていうのは内から滲み出て来るものであって、付け焼き刃でどうこうなるもんじゃないよね。うん。次行こうか」
「……あたしパスしていいかなぁ」
「だめ」
私のプロデュース能力に不安を覚えたらしい美夏ちゃんが挙手してくるけど無視。目の付け所は良かったと思うんだけどなー。
さて、美夏ちゃんの資料はと。
――佐伯美香。千春と歩のお隣りに住む高校生。しっかり者でノリが良い。千春に憧れてる部分あり。
「……」
しゅぴー。
なんとなく最後に横線を引く。いや、なんかちょっと。
「んー、じゃあ美夏ちゃんはね」
「それよりも今さりげなく消した部分についてまずはしっかりお話したいんだけど」
「美夏ちゃんの名字って佐伯だったんだね。初めて知ったよ」
「うん、そんな二度と出てこない単語はどうでもいいからね」
こっち向けやこらと言わんばかりにめきめき音を立てながら顔面を掴まれるけど頑張って流す。
だって千春ちゃんは私の幼馴染みなわけで、お互いのおねしょ卒業歴からほくろの数まで知り尽くしたいわば倦怠期を乗り越えた熟年夫婦。
それをぽっと出の若者風情に奪われてなるもんですかキーとまではいかないけど、昔から千春ちゃんばっかり後輩に慕われてるのはちょっとずるいし。
「は、いほーほは?」
「いもうと?」
美夏ちゃんにほっぺたをつねられてるせいで発音が不明瞭なんだけど、一応通じ合う。
意味はちょっと違うけど隣りの部屋に住んでるんだし、千春ちゃんの妹って設定はどうだろう。未来ちゃんと被るけど、世の中には12人も妹がいる人とかいるし。
――佐伯美香。千春と歩のお隣りに住む高校生。しっかり者でノリが良い。千春に憧れてる部分あり。実は千春の妹。
うわ、ただの思い付きのはずなのに複雑な事情っぽく見える。これでいこう。
「ただいまー。……な、何してるの未来ちゃん」
都合よくコンビニ袋をさげて帰ってきた千春ちゃんが魂の抜け殻となった未来ちゃんを見てぎょっとする。口からエクトプラズムとか出てそうだもんね。
深く突っ込まれて私がちょっかいかけたせいだってバレたら怒られそうなので、誤魔化しも含めて美夏ちゃんを出撃させる事にした。嫌そうな顔してたけどなんだかんだで付き合ってくれる辺り良い子だよね。横線は消す気無いけど。
「おかえりなさい、千春さん」
「ただいま。あの、ちょっと聞きたいんだけどあれってどうしたの?」
「あー、その、色々ありまして。未来ちゃんもお年頃なので一人にしてあげて下さい」
「……よく分かんないけど。そうそう、コンビニでお菓子買ってきたんだけど食べる?」
「あ、いただきまーす」
席につきながらすごくなごやかーに会話を進める二人を遠巻きに観察しながら、微妙な違和感を覚える。
あれ? 妹は? 美夏ちゃん、作戦ガン無視?
「ところで、千春さんにお願いがあるんですけど」
「うん?」
一言断ってから煙草を口に咥える千春ちゃんに、美夏ちゃんが真剣な雰囲気で切り出した。なるほど、ここで隠された血縁関係を明らかにする気なんだ。いきなりお姉ちゃんお姉ちゃん呼び始めても脳みそが膿んでるんじゃないかって心配されちゃうもんね。てくにしゃん。
「お姉様って呼んでもいいですか?」
「ぶはっ」
「だめー!」
な、何言い出してるのかなこの子は!
真っ白な煙を吐き出してげほげほとむせ返る千春ちゃんをかばうように飛び出した私に、美夏ちゃんはけろっとした顔を向ける。うわぁ、何が言いたいのか視線で会話できる自分が今はちょっと嫌だよぅ。
(え、だって妹でしょ? 合ってるじゃん)
(合ってないもん! 妹は妹なの! 義妹じゃないからフラグ立たない設定なんだもん!)
(歩さんだけずるーい)
(幼馴染みなんだからずるくないもん! ていうか、女同士だし! フラグとかないし!)
(ずるーい)
(ずるくないよ!)
お互い表情で喋ってるから実際はどうか分かんないけど、たぶん大体合ってるはず。
美夏ちゃんってば今日はやけに反抗的。横線引いたのまだ根に持ってるのかなぁ。うう、千春ちゃんじゃなくてみなみちゃんの妹にすれば良かった。シンデレラみたくいびられちゃえ。
「え……ええと」
ようやく咳の収まった千春ちゃんが涙目になった目元を指で拭いながら呻く。びしっと言ってあげて、びしっと。
「そういうのは、ちょっと、うん、お腹いっぱいっていうか」
だよねだよね。高校の時とか共学のはずなのにわけわかんないとかうんざりしてたもんね。
「駄目ですか? あたし今度学校でお芝居する事になって、役作りに練習してみようと思ったんですけど……。頼りになるの、千春さんしかいないし。でも、ご迷惑でしたね」
「え、あ、そうなの?」
しゅん、としょげてみせる美夏ちゃんに途端おろおろしはじめる千春ちゃん。
だ、騙されてるよ。役作りも何もこないだ文化祭の話した時には「あたし美術部だし、劇やっても大抵裏方なんですよねー」とか言ってたくせに。
「ごめんね、変な勘違いして。私なんかでいいならちゃんと協力するからさ」
「ほんとですか!? ありがとうございます、お姉様♪」
「……なんか、恥ずかしいなぁ」
ノリノリな美夏ちゃんに両手を握られて、千春ちゃんは照れ臭そうに苦笑する。一人蚊帳の外な私は全然おもしろくない。
昔からこうなんだもん、千春ちゃん。相手に泣かれたりへこまれたりするとはっきり言えなくなるっていうか、フォローしようとするうちにずるずる付き合っちゃうというか。私が何かやってもいつもの事だしで済ますくせに、突発的な出来事に対する免疫力がいまいち低いんだよね。
このまま眺めててもなんかムカつくからカレーでも食べようと二人から離れようとしたその時、
「それで、いつが発表なの? どんな話か気になるし、私もちゃんと呼んでよ?」
冗談だったら怒るからねと付け加えた千春ちゃんに尋ねられた美夏ちゃんの笑顔が固まるのを見て、私は思わずガッツポーズした。
「ち、違うんですよお姉様! あたしはほら、歩さんに言われて仕方なく! ね!」
「お姉様言うな。大体、美夏ちゃんも悪ノリしてたっぽいから同罪」
「えへへ。そうだよ美夏ちゃん、ちゃんと反省しないと駄目だよーえへへへ」
「……歩も怒られてるのにへらへらしないの。キモい」
第83回以下略会議の内容をすっかり白状させられた私達は正座までさせられて千春ちゃんにがみがみお説教をされているんだけれど、ほっぺたが自然と緩んでしまう。
未来ちゃんが錯乱したんじゃないかって心配してたいっちゃん達の誤解も解けたっていうか、まあ、悪いのは私のせいなんだけど。
やっぱりそのままが一番だよね、うん。
□ □ □
今日もやけに賑やかだったなとぼんやり思い起こしながら、基地から帰宅した雨宮佐和子は込み上げて来る笑いを噛み殺した。率先して巻き込まれたくはないが、眺めている分にはあの人達は十分面白い。
それに、どうしてだか分からないけれど。あそこにいる間は郁ともみなみとも日頃のしがらみをまっさらに出来るようで、都合が良いの一言で片付けるとしても佐和子にとって有り難い事だ。
そういえば一緒に暮らしている叔母――冴子も、何かしているらしいが。詳しく聞いた事はないというか、聞きたくはない。
「ただい」
「おかえりなさいませ、お嬢様♪」
ぱたん。
確かに玄関に足を踏み入れたはずなのに魔界に通じてしまったようで速やかにドアを閉じた。ゆっくりと、深呼吸。日頃使っている裏口ではなくたまには玄関から入ろうと思ったせいで時空が歪むなんて珍しい事もあるものだ。
眉根を寄せながら、もう一度ドアを開く。
「やぁん、ひどいですよぅ。お嬢様が帰るのずっと待ってたのにぃ。お嬢様のいぢわるっ☆」
「消えなさい」
「ああっ!? ちょっ、待ってドア閉めないで佐和子、さっき閉められた時も精神的にかなりキツかったのよ!?」
もう一度ドアを閉めようとする佐和子を半泣きになって止めようとする妙な物体を冷めた目で見やる。
メイド服を着た知り合いなんていないのだから、馴れ馴れしく呼ばないで欲しいのだけれど。
「……自分の歳を考えた事はあるかしら?」
「わ、私だってまだ20代だもの。心は永遠の17歳だし。ていうか、あれ? も、萌えない? 最近流行ってるって部下に聞いたんだけど。姪御さんもきっと隊長に惚れ直しますよって」
「そうね、燃やしてやりたいわ。ライターを貸して頂戴」
「目が笑ってないわよ!?」
豪奢なフリルのついたスカートの布地を掴んで柔らかく微笑んでやる。何の部下で何の隊長なのか知らないが、本業に関係のない事は確かだ。
夕暮れの街に鳴り響く雨宮冴子の断末魔は、それはそれは悲痛なものだったという。
終われ。