【走りだせ! 変形も合体もしない乗り物で。】

 ロボット。
 見上げるほど巨大な体躯は惚れ惚れするまでに逞しく、その鋼の腕は悪しき敵をなぎ倒すために存在し、時には傷ついた人々を優しくすくい上げる事も出来る、正義の象徴。
 それは昔から子供達の羨望の的であり希望の星でありうんたらかんたら。つまりヒーローといえばロボットであり、ロボットといえばヒーローなのだ! おもちゃも売れて収益上がるし! なんか最近のテレビってやたら追加してロボット増えるよね!
「……で、つまり何が言いたいのさ?」
「変形合体ロボに乗りたいでーす」
 熱弁するために握っていた拳を広げて、はーいと元気良く手を上げる。そんな私をうんざりした顔で眺めているのは、我らがホテルンジャーレッドのいっちゃんだった。珍しく一人で基地に来てたもんだから、適当に捕まえて歩おねーさんのロマン溢れるロボット講座を聞かせてあげてるのにつれない態度でやんなっちゃう。
 あ、ホテルンジャーっていうのは地球の平和を守る正義の味方なんだけど、今更説明するのも面倒臭いかなぁってくらい何もせずにぐだぐだやってる今日この頃だよ。平和って素敵だよね。
 基本つっこみ待ちで手を上げ続けている私に、いっちゃんは首を傾げながら湯飲みに入ったぬるい緑茶を啜った。
「よく分からないけど、免許とかいらないのかな。大きさ的に電線も危ないし、都会だとビルだらけで道も狭いしさ。あんなのが動いてたらテロどころの騒ぎじゃないと思うんだけど」
「うわ、夢のないお返事。空想科学読本でも読んでればいいよ」
「……わーすごいや。私もロボットに乗りたーい」
「そうだよね! 乗りたいよね!」
 棒読みで呟くいっちゃんの手をがっしりと握り締める。逃げられないようにお互いの指を絡ませて、ついでにいつでも指の間に力を込められるよう準備している私を彼女は冷や汗を垂らしながら見つめた。
「さ、理解できたところで準備しようか」
「いや私は」
「ちなみに私は過去に千春ちゃんに同じ攻撃されてマジ泣きした覚えがあったりなかったり」
「痛い痛い! 地味に痛い!」
 ハエトリ草よろしく組合わさった指の付け根をぎりぎりと締める。
 素手でリンゴ割る千春ちゃんの握力と比べたら、私なんて可愛いもんなんだけどね。
「あ」
「な、何?」
 ふと思い立ってぽんと拳を打つ。慌てて腕を引っ込めたいっちゃんはちょっと涙目だった。
「これ必殺技に出来ないかなぁ。粉骨砕身フィンガートラバサミみたいな」
「……正義って何だろう」
 そんな泣き言はさておき。
 私といっちゃんの変形合体ロボットに乗りたい作戦は、こうして始まったのであった。


「――とゆーわけで、各自好きな乗り物を選んで下さい。しゃららーん」
「口で効果音つけるな」
 基地から少し離れた場所にある運動公園のグラウンドに残りの3人――年少組は今回留守番にした――を呼び出した私は、右手をしゃららーんと振りながら背後に並べた数々の乗り物を指し示した。ちなみに左手に持ってるのはメモのしやすいクリップボード、首には笛を装備している。ジャージも着てみてマネージャーっぽさ満点。
 変形合体といえば各自が使ってる乗り物に不思議な力が働いてなんか格好良く上手い具合にロボットになっちゃうのがお約束じゃないかなぁと思って、いっちゃんと二人で手当たりしだいかき集めてみたのだ。
 いや、うちの基地ロボットないんだよね。変身した事すらないくせにロボットなんかいらないだろって感じで。
「急に呼び出すから何かと思ったら、またしょーもない事考えたわけ? どうせ郁ちゃんも無理やり付き合わせたんでしょ」
「しょーもなくないもん! いっちゃんだって快く引き受け――あれ? いっちゃんは?」
「あっちで昼ドラしてる」
 私のおでこを小突いてくる千春ちゃんが呆れ顔で見やった方に目を向ける。いっちゃん、佐和子ちゃん、みなみちゃんの、いつもの三人組が険悪ムードで突っ立っているのが見えた。
 具体的には不機嫌そうに腕組みしてるのはみなみちゃんだけで、佐和子ちゃんは無関心――だか単にぼけーっとしてるだけなんだか――に、いっちゃんは嫌な汗かきまくりって感じだけど。
「ねぇ、郁。あたしに電話で何て言ってたっけ?」
「……て、天気もいいし、久しぶりに一緒に遊びに行かない?」
「誰と一緒に?」
「……さ、佐和子さんと一緒にって言い忘れてたみたいで」
「本当に言い忘れてたわけ?」
「いやその、あのね? ごめんなさいわざとですぅ……」
 襟首を掴まれながらはらはらと涙を零すいっちゃんに心の中で合掌する。佐和子ちゃんも呼ぶって教えたらみなみちゃん来ないだろうから、その辺は適当に誤魔化して誘ってみてよって言ったのは私なんだけど、ばれなきゃ関係ないし。
「何をそんなに怒ってるのかしら。私は別に、柴さんがいても気にならないわよ?」
「あんたがあたしがいるのも気にせず郁とイチャつくのが嫌なんでしょうが! ちょっとはあたしの事も考えなさいよ!」
「……柴さんもかまって欲しいの?」
「何でそうなるのよっていうか不満そうな顔するんじゃないわよ余計ムカつくわよ!」
 首を傾げる佐和子ちゃんを怒鳴るみなみちゃんの手元で、いっちゃんの顔色がどんどん青ざめていく。二人の仲を気にしてというより、頸動脈辺りがやばいからだろう。
 まあまあ、と間に入っていった私に突き刺さる、みなみちゃんの視線が痛かった。
「えーとほら、二人ともどれ乗りたい? 色々あるよー。ローラースケートとかキックボードとか大八車とか」
「大八車って乗り物?」
「運ぶのに使ったんだけど、タイヤついてるからアリかなぁって」
 ちなみに、突っ込んできたのは千春ちゃんだ。
 なんとか一時休戦したらしい二人はずらりと並んだ乗り物類と地べたに跪いてぜーぜーやってるいっちゃんとを静かに見比べて、
「――郁は?」
 ハモりながら聞いてくる。
 実は気が合うんじゃないかと思ったけど、口に出すと怖そうなのでやめておいた。
「いっちゃんは自転車だけど。私的にはねぇ、缶ぽっくりとか結構おすす」
「じゃ、あたし郁の後ろ」
「私は郁の後ろがいいわ」
「……」
「……」
 私のセリフを遮るのも同時だったみなみちゃんと佐和子ちゃんが、いっちゃんの愛車の荷台に手を伸ばした格好で睨み合う。まあ、一度に自転車に乗れるのはせいぜい二人だしね。縄張り争いってやつだろうか。
「……邪魔なんだけど雨宮。郁の後ろはあたしのものに決まってるでしょ?」
「……誰がそんな事決めたのかしら? 郁の後ろは私が貰うわ」
「び、微妙な表現しないでよ二人とも」
 お尻を隠しながらいっちゃん復活。いくら思春期だからって安易に下ネタを繋げるのはお姉さんどうかと思うんだけど。
 火花を散らす勢いの二人に、いっちゃんは困り顔で溜め息をついた。
「ねぇ、それくらいで喧嘩するのやめてよ。ちょっと話し合えば済む事じゃないか。大体さ、どうせ漕ぐのは私なんだから勝手に決めないで欲しいって言うか――」
「そうね。私達が間違っていたわ」
「確かに、あたし達が決める事じゃないしね」
 珍しく強気(?)なセリフに、あっさりと引き下がる。
 ほっと胸を撫で下ろしたいっちゃんに、笑顔で続けた。
「で、友情と愛情のどっち取るわけ?」
「郁が選んでくれた方が手っ取り早いものね?」
「へ?」
 そして5秒でへたれ復活。
 だらだら冷や汗を垂らすいっちゃんへ向けて、じりじり距離を詰めるみなみちゃんと佐和子ちゃん。仲いいなぁ。
 私はなんだか観察するのも飽きてきて、先程シカトされた缶ぽっくりで遊んでみたりする。
「ごめん! 無理!」
「あっ、ちょっと待ちなさいよ郁!」
「まずったわね。早く追うのよ柴八!」
「がってんだ親分――ってなんであたしが子分ポジなわけ!? あんたも追いかけなさいよ!」
「そうしたいのは山々だけれど、あいにく体が弱いの。ああ、めまいが」
「つやっつやの顔色して何言ってんのよ!」
「わ、分かったわよ。走ればいいんでしょう」
「だから歩いてないでちゃんと走りなさいよ!」
「……」
 やばい、缶ぽっくり楽しい。


 数分後。
 グラウンドのトラックをぐるぐる走り続けるだけの不毛な鬼ごっこは、周回遅れの佐和子ちゃんをいっちゃんとみなみちゃんが追い抜かす形で決着がついた。走ればいいのに。
「えーと、とりあえずへたレッドの乗り物は徒歩で、あとの二人も徒歩って事でいいよね」
「いいんじゃない。どうせぐだぐだだし」
 クリップボードにメモをとる私に、千春ちゃんが投げやりに呟く。竹馬も持ってきてれば竹馬の友ネタが使えたんだけど、売ってない缶ぽっくりを作るだけでいっぱいいっぱいだったから諦めたのだ。
 仕方なく私と千春ちゃんの空欄も埋めるように書き込んでいると、まてコラとばかりに腕を掴まれる。
「……お姫様抱っこ(する方)って何?」
「私が(される方)だから問題ないよ?」
 一人でお姫様抱っこなんて出来るわけないのに、意味分かんない事聞かないで欲しい。
 きょとんとしながら答えると、耳まで真っ赤になって怒られた。
「誰がするか! そういう事は男にでも頼めば――いや男も駄目だけどって違う、あんだけ引っ張っておいてこれかよ! 乗り物関係ないでしょ!?」
「えー。でもでも、お姫様抱っこが駄目となると、私に残された他にウケそうな乗り物はこのホッピングくらいしか」
「ウケるウケないで行動するのをやめろ!」
 私のアイデンティティ全否定。
 結局千春ちゃんは自分が乗ってきた原チャリを選ぶ事になったし私も完璧に飽きてきたし三人はまた昼ドラしてるし、過去最大のぐだぐだ感でお流れムードが漂ってくる。
 せっかく外で五色揃ったんだから敵さえ出てきてくれたら変身も出来て正しい戦隊物としての王道ストーリーが展開出来るのになぁと思っても、この平和な日本でそうそう都合良く敵が出てくるはずもなく。
「あら、この間のアホな女の子じゃない。何してるの?」
 出てきた。
 全身タイツにお面被ったイーイー鳴いてる集団を引き連れて、向こうから眼鏡のお姉さんが歩いてくる。雑魚達に何か命令して一人でやってくる様はまさに飛んで火にいる夏の虫ってやつだ。何を命令したのか知らないけど、残った悪の怪人達が氷おにらしき事をやってる絵面はちょっと気持ち悪い。
 彼女に実際会った事があるのは私だけなので、千春ちゃんがひそひそ声で耳打ちしてくる。
「ちょっと歩、あの人知り合い? テレビの撮影とか?」
「知り合いかどうか微妙なラインなんだけど、とりあえずみんなでよってたかってけちょんけちょんにするべき相手だよ。あとあの格好は単なる趣味じゃないかな」
「けちょんけちょんはともかく、何の理由もなくあんな格好してるわけ? やばくない?」
「……聞こえてるわよ。私だって好きでこんな格好してるわけじゃないんですからね」
 聞こえるように言いました。
 こめかみに青筋を浮かべるお姉さんを挑発するようにべろべろばーっと舌を出す。甘味は自己の判断で摂取するまでが美味しいのであって、フォアグラみたく無理やり摂取させられた恨みは忘れようがない。
 こちらが騒いでいる事に気付いたのか、一段落したらしい三人組もぞろぞろと近付いてきた。
「ねぇ佐和子さん、ひょっとしてあの人さえむぐ」
「黙りなさい」
「え、雨宮の知り合いなわけ? マジで?」
「知ってるわけないでしょう顔も見た事ないわよ赤の他人に決まってるじゃないの」
 何か言いかけたいっちゃんの口を手のひらで塞いだ佐和子ちゃんが、心なしか青い顔でまくし立てる。いくらアホの私でもああ知り合いなんだなぁと思ってしまうくらいで、大変分かりやすい。
 しかしさすがに私もいい大人なので、本人が隠したいならスルーしてあげるべきなんだろうけれど。
「佐和子もいたの? 丁度良かったわ。後でお姉ちゃんとご飯食べに行かない?」
「……」
 隠す気もない大人が約一名。
 ああ、佐和子ちゃんのお姉さんだったんだ。ギリギリ露出ファッションに気を取られてたけど、言われてみれば顔も似てる気がする。
 みなみちゃんが肩を思いっきり震わせながら笑ってる辺り、心底佐和子ちゃんに同情してしまった。
 と、ここで私の頭を閃く方程式。
 今日は氷おにするだけで特に何も悪い事してないけど→多感な思春期を迎えた妹に友達の前で恥をかかせたのは→悪だよね→仲間に何をするんだフラグみたいな→あと忘れもしない体重計の針=やっつけていいんじゃない?
 ナイス私。冴えてる私。口実さえあれば正義の力は輝くのだ。
「お姉さんお姉さん」
「何よ――いたたたた!」
「ふんこつさいしんひんがーとりゃばさみ!」
 慌てたせいで噛んだけれど、私の求めた握手に何気なく応じたお姉さんに向かって必殺技が炸裂する。
 きっと私のトレーディングカードが出たなら、名前のわりに地味なイエローの必殺技だ! とか書かれちゃう事間違いなし。
「い、いきなり何するのよ!」
「やーいやーい! 悔しかったらここまでおいでーだ!」
 うずくまって指を押さえたお姉さんから離れて、素早く愛機(ホッピング)に飛び乗る。
 乾いた砂を蹴散らせ、そして私は華麗に――
「ぷぎゃ!」
 転んで顔面をしこたま打ち付けた。
 分かってた、分かってたよ。そりゃコンクリの上ならまだしも柔らかいグラウンドなんかで上手にホッピングできるわけないよ。小学校以来使った事ないにぶい私がこんな暴れ馬を乗りこなせるわけないよ。
 でも今こそホッピングの出番! ってノリだと思ったんだよ。
「……アホらし。佐和子、帰るわよ」
「あの、佐和子さんならさっき帰りましたけど」
「え?」
「知らない人に名前を呼ばれるなんて気持ち悪いから、早く帰って家中の鍵という鍵を総取っ替えするって言ってました」
「何で!?」
「何でって言われても……」
「うう、待ちなさい佐和子! さすがのお姉ちゃんも締め出しが続くのはキツいわ! 追いかけるわよみんな!」
「イー!」
「……あたし達も帰らない?」
「……そうだね」
 しくしく泣いてる私を無視して、みんながグラウンドから去っていく。薄情者。
「大丈夫? 歩」
「ひっく……うえぇ……あい、あいいえっああぁ」
「足捻った? いや、そんなのより盛大に吹き出た鼻血の方が気になるんだけど」
 残った千春ちゃんが泣きじゃくる私を抱き起こして、ハンカチでごしごしと顔を拭う。さすが小さな頃から面倒を見てきただけあって、慌てず騒がず手慣れた様子で頭を撫でてくれる姿にくらくらきた。
 たぶん、鼻血で血の気が足りないせいだと思うけど。
「ほら帰るよ。立てる?」
「えぅぅ……むりだよぅ、いたいよぉぉ……」
「マジ泣きかよ。あー、もう。これっきりだからね」
「ひあっ!?」
 ぐずっていた私の体が、溜め息と共にふわりと宙に浮く。
 お、お姫様だっこだ! いかす! いかすよ千春ちゃん!
「……歩さぁ」
「な、なに?」
 いつもより近付いた千春ちゃんの顔が八割増しに格好良く見える。真剣な表情で見つめられて、心臓が早鐘のように脈打った。
 頬を染めた私に、ぽつりと。
「やっぱり、ちょっと重くなったよね」
 ひゅー、と乾いた風が吹く。
 とりあえず千春ちゃんの顔面に拳をいれて、もんどりうちながら倒れるのを放って帰った。千春ちゃんのばか。

  □ □ □

「だから、昔と比べてって言ってるでしょうが。人がせっかく助けてあげたのに顔面パンチとかありえなくない?」
「あの状況であんな空気読まない事言うからだもん……あ、私ちょっとトイレ行ってくるね。勝手にプリン食べないでよ」
「はいはい」
 夕飯を食べに行った居酒屋で千春ちゃんがぶつぶつ言うのから逃げるように席を立つ。
 返事をした端から私が頼んだプリンに手を伸ばしていたけれど、さすがに今日はこっちが悪いので許す事にした。
 自炊メインの節約生活な私達は滅多に来ないお店だけれどそれなりに繁盛しているらしく、飲み会の学生やら会社帰りのサラリーマンやらがぼんやりとした照明の下でめいめいくだを巻いているのが微笑ましい。
「――そりゃね、私だって甘やかしすぎたかなとは思ってるのよ? でも可愛いの。可愛いからこそ大事に大事に育ててきたの。その私をよ? 気持ち悪いって何なのよぅ……」
 と、聞き覚えのある声にトイレに向かう足を止める。
 嫌な予感がしながらもそっと近くのテーブルをうかがってみると、悪のお姉さんが普通のスーツ姿でジョッキを傾けているのが目に入った。連れ立っているのも全身タイツの怪人じゃなくて、これまた普通のOLさんのような格好をした綺麗どころのお姉さんが数人だ。
「大体、会社のレクリエーションだかなんだか知らないけど? わざわざ経費出してまであんな格好してストレス発散して、鬱だのなんだのの対策をしろなんて馬鹿じゃないのクソ親父。それで私が佐和子に嫌われてたら意味ないじゃないの……」
「まさか本っ当に鍵変えるなんて姪御さんもやりますよね。ぶっちゃけ私達も仕事とはいえあんな格好するの恥ずかしいんですけど、雨宮さんの半裸見るために頑張ってるのに」
「そうそう。いつか姪御さんにも雨宮さんの大人な魅力が分かる日が来ますよ。ちょっと病的なくらい姪っ子を愛でてても、美しい家族愛じゃないですか」
「それに帰る家がないならうちに泊まればいいんですよ。一緒に眠れない夜を過ごして夜明けのコーヒーを飲みましょう。隣でけだるげに煙草をふかしてればモアベターです」
「ありがとう、ありがとうあなた達! やっぱり持つべきものは信頼できる部下達だわ!」
 なんか慰めるふりして変な事も言われてる気がするけど、既に真っ赤になるまで飲み過ぎているお姉さんは感涙しながらジョッキを煽る。
 あれを信頼してどうこうなるのはお姉さんなので、巻き込まれたくない私はそそくさとその場を離れていった。
「……千春ちゃん、大人って大変だねぇ」
「はい?」
 用を済ませて席に戻った私を、千春ちゃんは首を傾げて眺める。
 とりあえずあの会社にだけは死んでも就職したくないなぁと、食べかけのプリンを口にしながら深く深く溜め息をついた。