【理想の王子のつくりかた】

 最近知ったのだが、私の幼馴染みは嫌なやつらしい。
 らしいというのは私個人としては別段そう感じたことがなく、ただ年を重ねるにつれて周囲から聞こえる声が大きくなってきたものだから、へぇ、と思っただけだ。
 どこが嫌なのかと問いかけてみると、我が儘であるとか、教師に反抗的であるとか、性格がひねくれているだとか、協調性がなく口うるさいばかりであるとか、色々としつこく並びたてられて面倒になったので後はよく覚えていないが。
 最終的に返ってくるのは、どうしてあんな人と一緒にいるんですか? という質問ばかりだ。
 まあ確かに昔から友達がいないやつだが、私にとって彼女は単にそういう人間であるからして、他と比べてどうだと言われても、困る。
「馬鹿ねぇ。その子、やっちゃんのことが好きなのよ」
「そうなの?」
「そうなの。どうせあたしとばっかいるから、焼き餅焼いてんじゃない?」
 と、そのような話を当の本人にしてみたところ、隣でクッキーをぱくついていた瞬はうんざりと息を吐いた。彼女が言う、『その子』から受け取ったものである。
 ていうか、やっちゃんの部屋寒いんだけど。などとも言われるが、私は暑いので冷房を緩めるつもりはない。隣の家に住んでいるのだから羽織るものくらいすぐ取りに行けるだろうに、勝手に人のクローゼットをごそごそやってからまた定位置に戻る。
「やっちゃんさぁ、あたしになんでも話す癖やめた方がいいよ」
「なんで?」
 着ていたシャツを目の前で脱いで、白い肩を剥き出しにしながら言う。
「普通、あんた嫌われてんの? って本人に言わない」
「私が嫌ってるわけじゃないじゃん」
 今度は下も脱いだ。一緒に風呂にも入ることも多いので、瞬の下着姿くらい今さらどうでもいいのだが、私が同じことをすると怒るくせに不公平じゃないかとたまに思う。
「あたしがそれ知ってるからいいけど、他の子ならへこむよ。やっちゃん頭悪いし」
「え? なんで他の子相手に瞬みたいに話さなきゃいけないの?」
「……やっちゃん、性格悪いよね」
「そうかな」
 純粋に不思議に思って返した言葉に、彼女はあからさまに眉根を寄せた。
 産まれた時からずっと一緒に育ってきた瞬と、たかがここ数年のうちに少し顔見知りになった程度の他人とで区別をつけるのは私の中では当たり前のことなのだけれど、どうも彼女はすぐこれに文句を言う。
 たまには他の人とも遊べだの(誘われはするが面倒臭いから嫌だ)、昼休みくらい他の子と食事しろだの(休憩時間まで邪魔されたくないから嫌だ)、自分が貰ったプレゼントくらい素直に好意として受け止めたらどうかだの(他人が作ったお菓子なんて気持ち悪くて嫌だ)、色々だ。あまり聞いた試しはないが。
「あたし以外には」
 先ほど取りだしてきた私の高校ジャージを着込んでから、指に摘まんだクッキーをまじまじと見つめて続ける。
「――あたし以外には、よく見えるんだろうけどね」
「まあ、私の性格が悪いって言うの瞬くらいだからね」
「そーだろね。あ、これ美味しかったってちゃんと言っときなよ? 分かった?」
「うん」
 念を押す彼女に頷くと、これが駄目なのかなぁ、とぼそりと呟いた。
「やっちゃんさぁ、昔から見た目だけは良いから男にも女にも人気あるじゃん。あたしと進学先合わせたいって女子校にするからさ、なおさら」
「鬱陶しいよね。きゃーきゃーうるさいからやめてほしいんだけど」
「ほら、あたしにはそういうこと言うけどさ。あたしが聞く限りだと、やっちゃんの世間一般的な評価は物静かに微笑む儚げな王子様なわけ。人と話すの面倒臭いなーって思ったら笑って誤魔化して、あたしに後でぺらぺら文句言ってることでも顔に出さないから。
 で、そんなやっちゃんにクラス違っても呼び出されて? コンビニ弁当は気持ち悪いからって毎日お弁当作らされて? 世話ばっか焼かされてるあたしが?
 幼馴染みってだけの理由で嫌がる靖子様を無理やり連れまわすのはやめてください、あなたなんかがわたし達の王子を独り占めしようとしないでください、とか言われるはめになるわけ。あたしがやっちゃんと釣り合わないとか知らないっての。誰基準よそれ。
 あーもー。やだ。超うざい。嫉妬される意味がわかんない」
 途中から猛烈な愚痴を垂れ流し始めた彼女を落ち着かせるために、どうどうと背中をさする。私個人としては、私と一緒にいるのが世界一自然な相手は瞬しかいないと考えているので、他人がどう言おうと気にすることではないと思うのだが。
 こうなった彼女は世間一般的な評価は我が儘でひねくれ者で口うるさいやつだとしても、一度落ち込んでしまうと一人ぐるぐると思い悩んでしまうことを知っている。そんな時は、いつもとりあえずぎゅうと抱きしめてみることにしていた。
「瞬は可愛いよ?」
「……あたしが気にしてるのはそこじゃないの」
 まあ、本人に好評だった覚えはあまりないが。
「やっちゃんの世話焼いてたら責められるでしょ? でもあたしがいないと、やっちゃん顔だけが取り柄の人格破綻者じゃん。小5の時みたいに、え、手作りとか気持ち悪いしいらないんだけど。って真顔でプレゼント突っ返して相手の子泣かしたりするじゃん。昼休みだってあたしが作ったご飯じゃないと食べられないし、誰かに誘われてもシカトして一人寂しくカロリーメイト食べたりするんだよ絶対。告白されてもさぁ、あたしがこう言わなきゃだめだよって教えたげないと平気で酷い返事しそうだもん」
「まあ、確かにやりそうだけど私は気にしないし。瞬が嫌なら今みたいにするのやめても――あー、やめられたら困るかな。少しくらいなら我慢していいけど」
 顔だけが取り柄の人格破綻者とは酷い言われようだなぁと思いつつ、肩口でやけっぱちにまくしたてる瞬にのんきに答える。
 だからそこじゃないの馬鹿、と頭を叩かれた。
「やっちゃんが気にしなくても、あたしはやっちゃんが誰かに嫌われるのがいやなの」
「どうしたらいいの、それ」
「わかんないから、こまってる」
 瞬に分からないことが私に分かるわけがないだろうに、難しいことを言う。
 大体、私は昔から何かを考えるのが苦手なのだ。人の気持ちもよく分からない。小さな頃はそれでよく他人や親と喧嘩、というより相手が一方的に怒ってくることが多かったが、瞬に言われたことをしぶしぶ実行してみた途端にぴたりと止んだ。
 学校の授業に興味はなくとも後で彼女に教わりさえすれば何でも解けたし、忙しい両親が滅多に家にいなくとも彼女が栄養バランスのとれた食事を作ってくれる。毎朝のように髪を整えてくれて、制服にアイロンをかけてくれる。
 私が自分で出来ることの数は、瞬が私にしてくれることよりもずっと少ない。
「あたし、やっちゃんを王子様にしたいんだよ」
「なってると思うけど」
「でも、王子様になってもいやなの。あたしのやっちゃんは、わがままでひねくれてて、馬鹿のままでもいいの。あたしだけのやっちゃんじゃなくて、みんなのやっちゃんにしたいからやってたことなのに、あの子たちの王子様にするのはやだ」
「もうちょっと簡単に言ってくれない?」
「言っても分かんないよ」
 瞬が溜め息をつくたびに首筋を息が撫でて、悩んでいる彼女には悪いがくすぐったい。
 あれだよね、と私に分かったことだけを尋ねてみた。
「要するに瞬が、私のことすっごく好きって話だよね?」
「うん」
「私も瞬がいないと駄目だから、それでよくないかな」
「……ほんと、全然わかってない」
「あれ?」
 暑いからもう離して欲しいと彼女がじたばたするけれど、私は暑くないので無視をする。
――私の幼馴染みは、嫌なやつらしいが。
――どうして一緒にいるのかと、聞かれることも多いが。
 答えは、他の誰かがそう感じたとしても、私にとって腕の中の彼女が世界で一番必要なことに変わりはなくて、たぶん、私を絶対に嫌うこともないのが彼女だけだからだ。
 他の誰かには、絶対にできないことだからだ。
 ただ今までは、へぇ、と思うだけでいたけれど。
「ねぇ。もし今度また、ああいう質問されたらさ」
「質問って、どの?」
「やっぱいいや。教えない」
「なにそれ」
 あの子たちの王子様は金輪際やめるから怒らないでね、と心の中で呟いておいた。
 大切な子の悪口を聞かされて黙っているより、瞬だけの、やっちゃんでいたいので。


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