【青い春がまだ来ない!】
青春はロックだと上の兄が言っていたので、中学を卒業してすぐにギターを始める事にした。バンドなんかを結成して文化祭でわいわいやる事を夢見たが、指が痛くなったので2週間でやめた。
青春はスポーツだと真ん中の兄が言っていたので、高校に入学してすぐバスケ部に入った。みんなでインターハイを目指して涙は心の汗だどうのを夢見たが、先輩が怖かったので3日で辞めた。
青春はバイトだと下の兄が言っていたので、コンビニで求人誌を貰って帰った。他校の気の良い先輩達と仲良くなってオフの日に遊びに出かけたりを夢見たが、生徒手帳にアルバイト禁止の項目があったのを思い出したので諦めた。
「どうしよう」
「さぁ」
仕方なく翌朝のバス停で友人に相談してみたものの、彼女は手にした文庫本から視線も外さずにそう答えたきりバスに乗り込んでしまったので、何の参考にもならないなぁなんて思いながら私も後に続く。私達の町は駅からそこそこ離れているので、彼女の肩を枕代わりにして30分ほど眠った。
寝ぼけ眼を擦りながらホームで電車を待っている途中、また尋ねてみる。
「演劇部もさ、青春っぽいかな?」
「そうかもね」
「あ、でもうちに演劇部あったっけ」
「知らない」
文庫本を鞄にしまいながら電車に乗り込む彼女に私も続くが、彼女の方が空いている席を探すのが上手いのではぐれないように手を繋いだ。ほら、と文庫本を取り出しながら立ち止まった彼女の前に腰かけてから、今度は20分ほど眠る。
あくびを噛み締めながら電車から降りると他校の見知らぬ男子が声をかけてきたので、眠たいから嫌ですと答えておいた。
「それでさっきの続きなんだけどさ、他にどんなことやれば青春っぽいと思う?」
「……恋とか」
「ああー、それっぽい。どうやれば恋できるかな?」
眉根を寄せながら答える彼女にうんうんと頷いてから首を傾げる。ため息を残して歩き始めた背中を追いかけて、隣に並んだ。
「ねー、青春したいよぅ」
「そんなの、口開けて待ってたら飛び込んでくるようなものじゃないでしょ」
「ちゃんと行動してるもん。……試したけど向いてなかっただけで」
何がいけないのかなぁと、まだ見ぬ青春に想いを馳せる。
そもそも、いざ青春しようにも私は昔から人に干渉されるのがあまり好きではないのだ。みんなで遊ぶよりも家でぼんやり読書をしたり映画を見に行った方が楽しい。お姫様扱いしてくれる兄達もいるし、友人と呼べる存在が小学生の頃から彼女しかいないのもあまり気にならない。
ただまあ、せっかく高校生になったのだから高校生らしいことをしてみたいなぁと、こうして奮闘しているわけであって。
「あのさ、うるさいから一応教えるけど」
「なに?」
「青春っていうのは人生のある時期を指すわけであって、やりたいことが出来て楽しい、充実してるって自分が感じるなら無理に特別なことしなくてもいいんだと思うけど」
「え、そうなの?」
私が知っている限りの世間では平凡な人生にある日突然転機がきてどうこうするのが青春だったと思うので、目からうろこの意見である。
呆れ顔の彼女と歩きながら今の自分は充実しているかなぁと考えて、ただ一人ではやっぱりどうにもならないので参考までに聞いてみる。
「恋はしたいかも?」
「いや……だから、あんたくらい可愛いかったらさっきみたいにいくらでも相手いるでしょ。性格は隠せるわけだし」
「ええー? やだよ、好きじゃないもん」
どうでもいい相手と無理に付き合うことのどこが恋なのか理解に苦しむと付け加えると、じゃあ何がしたいのと肩を落とされる。分からないから聞いているのに、聞き返されても困った。
「ええとほら、好きな人と恋する方法とかないかな」
「相手の手でも握って見つめておけば?」
「こう?」
言われた通り彼女の左手を両手で握りながら見つめてみる。硬直した彼女の顔が珍しく赤くなっていったので、確かに効果があるのかもしれない。
いつまでやればいいのか分からないのでそのままでいると、やたらぎくしゃくした動きの彼女が慌てた様子で手を振りほどいたので、「どう?」と感想を求めてみる。
「な……なんで私にするのよ」
「え、だって私が好きな人って家族以外だと他に思い付かないし」
「他を知らないだけでしょうが」
それきり彼女はぷいとそっぽを向いて遅刻するでしょと足を早めてしまったので、何で怒っているのか分からないまま追いかけた。
今まで通り彼女の隣でのんびり居眠りをして、あれこれと話しかけてはそっけない態度を取られてしまって、でも私としてはそんな風に適度な距離感を持つ彼女といるのが心地良いので、時々思い出したように手を握って見つめてみる。
真っ赤になった彼女はいつも怒るけれど、好きな人が一人しかいないことは正しくないんだろうか。
私の青春はたぶんこの先ずっと、こんな感じ。
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