【変な歌、恋の歌】
嗚呼、神は何故あなたを私と出逢わせたのですか薔薇色の頬やわらかな髪の毛つめたく揺れる瞳その全てが私の心を奪って夢中にさせるのですこのままでは死んでしまいます死んでしまいます愛しすぎて苦しくて死んでしまうのですだからマジかわいいんだって大好き好き好きアイラービュウあたしと結婚してくださいついでに一緒に帰りませんかるらららら。
「……松本先輩は相変わらず頭悪そうですねぇ」
「るららら」
「歌はもういいです」
放課後の一年生の教室に歌って踊りながら現れた先輩は、前述の通り私の事が好きだ。
それは後輩として好かれているのか女子校によくある疑似恋愛の対象として好かれているのか分からないが、放課後になるとこうして様々な方法で先輩は私を誘いに来る。昨日は演劇部で借りてきた王子風の衣装を身に纏って「姫、私と共にここから逃げましょう。ついでに一緒に帰りましょう」と熱っぽく手を握り、一昨日はサッカー部で借りてきたユニフォームを身に纏って「さあ、あの夕日に向かって走ろうじゃないか! ついでに一緒に帰ろう!」と走り出すふりをした。その前はその前は、とにかくまあ、最終的には一緒に帰りたいらしい。
人間というのは物事に動じなくなる生き物のようで、初めのうちは正直引いていた私も今ではすっかり先輩の奇行に慣れてしまった。クラスメイトはああまたやってると苦笑しながら通りすぎ、たまに柴田さんは松本先輩にもっと優しくしてやるべきだと説教をしてくる者もいる。
断る理由も特に思い付かないので、結局毎日先輩と一緒に帰った。
「そういえば、今日はコスプレしてませんでしたね」
さすがに王子様やサッカー部員のままでは帰宅出来ないので、私を誘い終えた後の先輩はまず先にレンタル元へ衣装を返してから制服に戻る。隣を歩く先輩を見上げてみると、だってさー、と拗ねた子供のように唇を尖らせた。
「着替える時に柴田さん待たせちゃうし、めんどくさいもん。でもやっぱ、ネタのバリエーションは増やすべきだと思うんだよねー」
「……普通に誘えばいいじゃないですか」
「えー、でも、普通に誘うのは、恥ずかしいし」
るらららと歌って踊るのは恥ずかしくないのかとツッコみたいけれど、どうやら先輩はふざけていないと本当に恥ずかしくなるタイプの人間らしいので自粛する。実際、帰り道をてくてくと歩いている時の先輩は驚くほど静かだ。話しかければよく喋るが、いつも緊張気味に俯いて、腕がちょっと触れあっただけで赤くなる。そんなに私の事が好きなのかと、自惚れてしまいそうになる。
黙っている先輩の顔は大変によろしい。すっと通った鼻筋だとか、長い睫毛で翳った涼しげな目元だとか、少し薄い唇と形の良い顎のラインだとか。背も高いしもっときゃあきゃあ騒がれても良さそうなもので、先輩の容姿が好きな同級生はたくさんいるが、「松本先輩は格好良いけど、なんか違うよねぇ」というのが大体の認識だった。
「みんな、損してますよね」
「何が?」
「いえ別に。ただ、先輩が変な人のおかげで独り占めできるのは便利だなと」
「ひゃっ」
手を繋いでみると先輩が驚いたように変な声をあげるので、思わず吹き出しそうになる。恥ずかしさの基準がずれているから、格好良いのとはやっぱり違う。
大好き好き好きあいらーびゅう。
「松本先輩、私と結婚してくださいよ」
「そ、その前になんか、妊娠しそうだよぅ」
「手を繋いで子供が出来るのは幼稚園までです」
ああ、耳まで真っ赤になった先輩の手のひらがどきどきしているのが愛しくて、死んでしまいそうだ。
帰りましょう帰りましょう、明日も一緒に手を繋いで帰りましょう、るらららら。
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