【光あれ、と天道さんは言ったのです】
気分が沈んでいる時は大抵いつも、世の中全部が私の敵に見える。
公園のベンチで仕事サボって寝てるサラリーマンは死ねばいいし、意味わかんないことで笑ってる女子高生達は死ねばいいし、この間熱愛報道されたお気に入りのグラビアアイドルは死ねばいいし、レンタルビデオショップのAVコーナーに入っていった男は死ねばいいし、泣いたら誰かかまってくれると思ってる赤ん坊もそこらをうじゃうじゃ歩いてる若者達もじーさんばーさんも、光って暑くするしか能のない太陽も前髪をぐしゃぐしゃにしていく風もなんだか青臭く茂って酸素出してる緑も、とにかく私とテンちゃん以外みんな死んじゃわないかな。しょっちゅうそう思う。
まあ冷静に考えてみたらそんなのありえないし、コンビニ店員もいない世界で私が生きていけるとは思えないし、そもそも私はそこまで不幸ではないし。考えるだけなら自由だ。口にしなきゃ思想なんて分かりっこないし、口にしとけば私にも世界平和が願えるわけだ。願いたくもないけれど。
「さっき電車でねぇ、おじいちゃんが恋愛小説読んでたの。なんか、いいよねぇ」
「……そーだねぇ」
待ち合わせた駅前に着くなりほにゃほにゃとした笑みを浮かべているテンちゃんは私と違って、本気で世界平和を願っていたりする。彼女に言わせると、世の中全部がいとおしくてたまらないそうだ。リーマンは頑張ってて、女子高生は楽しそうで、アイドルは幸せになってほしくて、以下略全部全部。
脳みそのネジがどっか飛んでるんじゃない? と聞く度にうんざりするけれど、実際に言ったらたぶん不思議そうな顔で「なんで?」とか言われそうだから言わない。私の世界はまっくらで、テンちゃんの世界はきらきらしてる。価値観の相違ってやつは言葉じゃ一致しないと思う。
なんとなく気が向いたので、今日は他にどっか行く? と尋ねてみた。テンちゃんは首を横に振って、レイちゃんち、と即答する。私の家に行ってもそのままだらだらDVDなんかを見て冷蔵庫のあり合わせで作ったご飯を食べてお風呂に入ってエッチして寝るだけじゃんかよ、たまにはもっと恋人らしいお願いとかデートとかしたくないんですか、とは言えなかった。
で、やっぱりエッチして寝た。
「ねー、レイちゃん」
「んー?」
明日起きたら世界滅亡してないかなぁ、なんて仰向けに瞼を閉じて考えていると、テンちゃんが私のわき腹をつついてきたので首だけ横を向く。彼女はやっぱり、あのほにゃほにゃした笑顔できらきらした世界を見ていた。
「あのね、考えてみたんだけどね、私とレイちゃんが初めて会ったのって、私が落としたケータイをレイちゃんが拾ってくれたからじゃない?」
「うん」
「じゃあさ、もし他の誰かが拾ってたら会えなかったし、そもそも私がケータイ落とさなかったり、レイちゃんのお父さんとお母さんが結婚してなかったり、もっと前におじいちゃんおばあちゃんが結婚してなかったり、もっともっと前にも色々偶然があったから今一緒なわけでしょ?」
「……誰でもそうなんじゃない?」
人生の確立なんて考え出したらきりがない。私達の未来があやふやなのと同じで、過去もあやふやの連続だ。むしろ、そうじゃない人間がいるなら土下座して拝んでやりたい。あやふやを無くす方法を聞き出して、私のまっくら世界とおさらばする。
「でも、これってすっごいことなんだよ? だから私はさ、こうして運命の人の寝顔を見るのが今一番幸せなの」
「あー、んー、そーですか」
「そーなんです」
肩に額を押し付けながらテンちゃんが笑う。運命だのなんだのって恥ずかしい台詞、私にはとてもじゃないけど言えない。
明日、世界が滅亡するとしたら。
それはきっとテンちゃんの大好きなものが全部全部消えてなくなってしまうという事で、好きな人の好きなものが消えるのは私としても嫌なわけで、だから、まあ。
今みたいに気分が沈んでない時くらいは、きらきら世界も見てやろうかな、なんて思う。
Back