【嫌い嫌いも】

 私が石田さんを嫌いな理由は、考えてみると沢山ある。
 例えばそれは、いつも馬鹿みたいに能天気に笑っているところだとか、急に突拍子もない事をやり始めるところだとか、理解出来ない冗談で私を困らせるところだとか、少し強引なところだとか、いくら冷たくしても馴れ馴れしく絡んでくるところだとか、本当に、本当に沢山だ。
 今だって彼女は学校から帰ろうとする私に勝手についてきて、へらへら笑いながら隣を歩いている。嫌な奴のくせに友達は多いのだから私なんか放っておけばいいのに、何故だか私にばかり付きまとうのが鬱陶しかった。
 大体私は、誰かといるのが苦手なのだ。他人と無理に話を合わせてまで作る友達なんかいらないし、出来る事なら学校にだって行きたくない。一人静かに生きていたいのに、それを石田さんは邪魔をする。
 聞いてもいないのに、彼女は自分の事をよく話した。おかげで私は石田さんの誕生日どころか趣味や家族構成まで熟知してしまっていて、最近は夢にまで出てくる。
 他人に興味を持つ事なんて今まで無かったのに、全くもって迷惑極まりない人だ。
「そういや有野ってニャーに似てるんだよね」
「は?」
 先程までは姉に、お前は産婦人科に500円で売っていたんだ、という嘘をつかれたのを真に受けてしまった幼少期の話をしていたはずなのに、唐突に言ってくる。
 ニャーというのは彼女の祖母の家で飼っている安直すぎる名前の雄猫なのだが、振り向いた私はたまらず顔をしかめた。
「……ニャーって、石田さんが待ち受けにしてるあのぶっさいくな猫でしょ?」
「え、めちゃくちゃ可愛いじゃん。もっかい見る?」
「見ない」
 いそいそと携帯電話を取り出そうとする石田さんに眼科にでも行ってくればと付け足して、またそっぽを向く。いくら私だって自分が可愛いなんて思っちゃいないけれど、あんな場末の飲み屋に入り浸っているおっさんのような顔をした猫に似ていると言われるのは癪だ。
 足を早めた私を慌てた様子で追いかけながら石田さんが笑った。
「あ、顔は似てないよ? 性格が似てんの」
「ふぅん。私の顔は可愛くないんだ」
「いや有野も超可愛いけどさぁ、ニャーとは種類違うし」
「……あっそ」
 軽口を返したつもりが、真顔で答えられて顔が熱くなる。
 そっぽを向いたり、俯いてしまったり、私が石田さんを真っ直ぐ見る事が出来ないのは、やっぱり彼女が嫌いなせいだ、と思う。
 いつの間にか私の手のひらは石田さんに握られていて、子どもみたいに腕を揺らしながら楽しそうにまた笑った。
「私がかまうとすっごい面倒臭そうに相手するんだけどさ、全然逃げないわけよ。他の子の相手しに行ったらちょっと拗ねて、ちらちらこっち見てるし。で、可愛い可愛いってもっとかまったら時々照れてんの。可愛い」
「……猫が照れてるかどうかなんて分かるわけ?」
「今のは有野の話」
「は!?」
「あ、私が寝てると布団に潜り込んでくるんだよ。可愛くない?」
「泊まった事ないのに嘘つかないでよ!」
「今のはニャーの話」
「……」
 わざと変な言い回しをして、からかっているんだろうか。
 俯いたまま怒鳴るのにも疲れて、私の脈はさっきから上がりっぱなしだ。石田さんが手を繋いだまま歩道の隅にある段差を上り降りするものだから、二人の腕が上下にがくがく揺れて、心電図みたいだった。
 私が、石田さんを嫌いな理由は。
「有野も泊まりにくる?」
「やだ」
「布団入ってもいいよ?」
「やだ!」
 そのどれもが彼女を好きな理由にもなりえる事なんだと気付くのは、もう少し後の話。


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