【泣いた兎がもう笑う】

X/XX 19:03
from うーちゃん
Sub 今どこにいるの

さっきから何度も電話してますなんででないの
約束は7じでしょはやくきてよ ごはんつくってのにえみちゃんのうそつきばかしんじゃあ

 鞄の中にマナーモードのまま放り込んでいた携帯電話を開いて、以上のメールと十数件の着信履歴を確認したのがたった今、19時6分の事。
 私はため息をつきながら携帯を閉じると、部屋の隅で膝を抱いてぐずぐずと泣きじゃくっているうーちゃんを眺めた。
 慣れというのは、本当に怖い。昔の私は癇癪を起こしたうーちゃんにどう接していいのか分からなくておろおろするばかりだったし、一緒にいない間はいつどこで何をしていたのか細かく確認したがる彼女に内心うんざりしていたくせに、怖くて携帯が手離せなかったりもした。約束の時間に遅刻するなんて、もってのほかだ。
 それが、今の私ときたらどうだろう。目の前でうーちゃんが泣いていても、ああまたかと感じてしまう。
 玄関に立った私の足元に彼女の携帯が転がっているのは癇癪中にメールを打った後に投げたからだろうな、と冷静に状況を考えてしまうし、あまつさえそれを拾ってすたすたと彼女のそばまで歩けてしまう始末だ。
 我ながら、褒めてあげたい進歩だと思う。
「あのね、うーちゃん。私はバイトが終わったら7時頃に行くねって言ったでしょ?」
「……ひちじっていった」
「違う。7時頃って言ったの」
 床に膝をついて頭を撫でると、か細い声でうーちゃんが呟いた。
 4年付き合った私の恋人は思い込みの激しいところがいつまで経っても直らなくて、そんなに私は信用できないだろうかとたまにイラつく。でも生来の気質なんてそうそう簡単に変わるものではないし、先にうーちゃんを好きになったのは私なのだし、根気よく対応していくしかないのだろう。
 顔をあげてくれない彼女の額に唇を落として、言い聞かせるように続けた。
「それにさ、バイク乗ってたら電話出れないよ。うーちゃんに会いたいから急いで来たのに、事故って会えなかったら意味ないでしょ?」
「……うん」
「ね? 心配しなくても、私の一番はうーちゃんなんだから。ずっと泣いてたら私寂しいよ。ご飯作ってくれたんだよね? 一緒に食べよ?」
「……うん」
 真っ赤になった目を擦りながら頷くうーちゃんを見て、うさぎみたいだと思った。寂しいと死んじゃう、みたいな話をよく聞くけれどそこまで悲しませる気は毛頭ないし、うーちゃんのあだ名の由来は名字の瓜生が縮まっただけだけれど。
 小さくて、守ってあげたくなる感じはよく似ている。
「えみちゃん」
「なぁに?」
 刺激しないように出来るだけ柔らかく答える。恋人と言うよりは、お母さんみたいで少しおかしかった。
 寂しがり屋で癇癪持ちの、私の赤ちゃん。なんて、口に出したらまた怒られるかもしれない。
「あのね、ちゅーしていい?」
「うん。いいよ」
 上目遣いに尋ねられて、長いまつ毛に溜まった涙の粒が見える。気分の落ち着いたうーちゃんはいつも甘えん坊で、私の首に腕をまわすと嬉しそうに頬を擦り寄せた。
 さっきまで泣いていたくせに、すっかり上機嫌で服を脱がせにかかるのだから困った子だ。
「……いや、ちょ、うーちゃん? ご飯は?」
「後にする。えみちゃんが先」
 花の咲いたような笑顔で言われて、ちゅーだけじゃないのかよ、と突っ込む気にもなれず。
 結局のところ彼女は、私の事が好きだからこそ一緒にいないと不安で泣いてしまうような人で、そんな子どもじみた彼女の事が私は好きで好きでたまらなくて、つい甘やかしてしまう。
 うーちゃんはうさぎでも赤ちゃんでもなく、やっぱり私の恋人なのだ。


Back