即興小説トレーニングで何回か挑戦したログ的なもの。
上から古い順。そのうち整理するのでとりあえず。


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お題:記録にない罪 制限時間:30分 文字数:925字

【姉妹遊戯】

 大切にしようと思っていた金魚を殺した。
 あれは事故だから聡美は悪くないんだよ、仕方がないよ、次からは気をつけようね。酷く落ち込んでいた私を見た両親は慰めてくれたけれど、それでも私は、とてもそうは思えなかった。
 当時、小学校に上がったばかりの年だったと思う。
 近所でやっていたお祭りに連れて行ってもらった私が、屋台の明かりの下できらきらと泳ぐ姿に夢中になって初めてねだったペットだった。結局一匹もすくうことはできなかったけれど、おじさんがおまけでくれた赤い金魚を、明日は試験があるからと家で一人留守番していた姉に自慢したのを覚えている。
 5つ離れた姉は頭の良い人だった。私立の中学を受験する頃はあまり遊んではもらえなかったけれど、私はなんでも知っている姉を誇りに思っていたし、尊敬してもいた。
 だから姉に、金魚の育て方も教えてもらったのだ。
 そして殺した。水を取り換えなければいけないよと言われた幼い私が、言葉通り水道の蛇口から出た水を、金魚の入っていた鉢になみなみと注いでしまったから。
 説明が足りなかっただけなのだし、子どものやったことだから、両親も姉を咎めはしなかった。
 私自身、自分が悪かったのだと泣きながらお墓を作りに行ったのだ。
「しかたないよ」
 公園までついてきてくれた姉が私の肩に手を置く。
「だって、聡美だけ遊んでばかりでずるいんだもの。しかたないよね」
 その時になって私は初めて、大好きだった姉に嫌われていることを知ったのだ。憎まれているのだ、とも。
 生まれて初めて示された憎悪の感情にどう対応すればいいのか分からなかったし、姉はやっぱり頭の良い人であったから、周囲からは仲の良い姉妹だとずっと思われてきたのだと思う。
 ただ、あれから10年経った今でも私は姉が恐ろしいし、姉は私が憎らしいのだ。
 私がなにか大切なものを見つける度に、姉は私にそれを壊させようとする。逆らおうとしても、どうしてもできなかった。私は、姉と違ってばかだから。姉に言われた通り、壊してばかりいる。
 春、好きな人ができた。
 はじめて私のことを好きだと言ってくれた人で、はじめて手をつないだ相手だった。
 ああ、たぶん、私はまた。


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お題:君の失望 制限時間:30分 文字数:1059字

【仮面の天秤】

 私はあまり人の心が分からない方だ。昔からそうだ。
 ただ、分からないという言い方は適切ではないかもしれない。
 相手が何を考えてそれを言っているのだとか、こういう気持ちでしているんだろうなとか、そういう事はある程度分かる。自分が何を求められているのかを勘繰りすぎて、結局いつも裏目に出てしまう、というだけだ。
 例えば小学校の図工の時間に好きなどうぶつの絵を描きましょうと先生に言われた時、きっと先生は写真のように精巧な絵が見たいわけではなくて、明るくのびのびとした絵が見たいに違いない、とはいえ雑なわけではなくて、子供らしく色彩豊かな、それでいて画用紙をめいっぱい自由に使った絵が気に入られるに違いない、と考えた。
 出来る限りその通りに鉛筆を走らせ、絵具を散らして描いた作品は見事に県の審査員から絶賛を貰い金賞を取ったけれど、先生は少し複雑そうな顔で「私らしくない」と漏らしただけだった。
 中学生の時も、高校生の時も、私は大抵世間からは高評価を得ていたけれど、そういう時、身の周りにいる、私をよく知っている人は、あまり褒めてはくれない。
 この人も、そうだ。
「だから、私が好きだって言ったのは、そういう君じゃないんだよ」
 目の前の彼女は少し俯きながら、困ったようにマフラーの端を指先でいじっている。
 高校の時に知り合った友人たちのうちの一人で、大学生になってからも一緒にいる彼女の心が、私はやっぱり、あまり分からない。
 友人達の中でも、世間と同じで私の評価は高い方だ。こういう方が好かれるだろうな、という人間を懸命に演じているおかげである。
 ただ、その中でも一番長く一緒に過ごしている彼女だけ、普段の私を好いてはいない。
「そういうって言われても、いつもこうでしょ?」
「でも、時々さ、抜けてるじゃない?」
 抜けてる、という意味が分からず首を傾げる。
「だからさ。普段やらないことしたり、言った後に、あ、って直してるでしょ」
 それは単に、間違えたから直しているだけだ。
 これはたぶん友人達が求めている私がやることじゃないんだろうな、と気付いた時に。
「……君は間違ってるって思っても、私には、間違いじゃないんだよ」
 そう言って彼女は苦笑いをしてから先に歩きだしてしまって、私は首を傾げながら、慌てて後を追いかけた。
 私はあまり、人の心が分からない方だ。
 だって、昔からそうだ。人から嫌われるのは怖い。
 みんなに好かれる私と、彼女から好かれる私のどっちがいいかなんて、まだ選べそうにない。


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お題:すごい人間 制限時間:1時間 文字数:1492字

【ラブマシンガントーク】

 イチカはすごい人だ。
 すごい、という定義はたぶん人によって様々で、例えば勉強ができてすごいだとか、運動ができてすごいだとか、料理ができてすごいだとか、大抵は自分との比較によって生まれる言葉だ。
 私はイチカより成績はいいし、運動もまあ得意な方だし、料理も上手いとは思うけれど、それは私にとって彼女を評価するべき基準ではないのであって、無論イチカの評価を下げるべき点でもない。
 まず彼女は、生まれからしてすごい。
 小学生の時に名前の由来を調べてくる、といった宿題を出された時に初めて知ったのだけれど、なんでも彼女は一月一日の午前1時1分にこの世に生を受けた。なので、一の花でイチカだ。
 0時ぴったりに生まれてた方が、一年の一番初めだって感じがしてよかったのにねぇと本人は不満そうだったが、覚えやすくてよい。あけましておめでとうと同時に誕生日おめでとうと伝えるのは難しいから、私としても助かる。
 次は――正直なところ、生まれた時間の話とこれ以外の理由を考えようとしてみても大体のものはこれと同じ理由になってしまうので、最後で、一番の理由になるけれど。
「ねー、ちゃんと聞いてる?」
「あんまり」
「まあいいや。それでさぁ」
 ふいに声をかけられたので、雑誌をめくりながらそっけなく答えた。
 内心「いいのかよ」とも思ったが、こちらが聞いていなくても特に問題はないらしく、彼女は相変わらずあれこれと色んな話を続けてくる。昨日食べたラーメンが美味しかった話をしていると思えば、今度はそのうち二人で旅行に行きたいという話をしていて、そういえば私は旅に出るならあそこがいいと返そうと思って口を開きかけたところで何故か「そういえば近所に人懐こい猫がいてねぇ」なんて言っている。
 話があちらこちらにすぐ飛ぶので、全部聞いていると疲れるのだ。確か小学4年生のクラス替えからだから、8年目にしてやっと学んだ。
「それでね。修学旅行のさぁ、班決めなんだけど」
「あー。別にいいよ、どこでも」
「わかったー」
 イチカと同じならと省略したけれど、彼女もそれは分かっているらしく、次の話に移る。
 自慢ではないが、私には彼女以外に親しい知り合いがいない。人付き合いが面倒臭いし、話しかけられても顔が覚えられない。昔みたいに親や教師からみんなと仲良くしろと言われればするが、さすがに高校生にもなると放っておかれるものらしい。
「イチカはさ」
「なに?」
 おそらく他人から見れば、彼女が一方的に私にまとわりついているだけに見えるのかもしれない。実際、イチカは私と違って友達が多い。昔からの馴染みだから一人にしておけないんだろうと思われていそうだ。
「私のどこが好きなんだっけ」
「えー? 全部かなぁ」
 雑誌から顔をあげないまま投げかけた問いに、彼女はそう答える。
 私の顔だとか、声だとか、抱き心地だとか、なになにをしている時が可愛いだとか、なにかをやっている時がかっこいいだとか、あの時ああしてくれたのが嬉しかっただとか、先ほどまで色んな話をしていたのと同じように、あちらこちらに飛びながら、私を好きな理由を続けてくれる。
 私が自分の欠点だと思っていることでも、くだらないエピソードだと思っていることでも、全部だ。
「あとねー」
「……いや、もういいから。長い」
 まだ続けようとしてくる彼女に聞いたこちらが恥ずかしくなってしまって、誤魔化すように唇を塞いだ。
 イチカはすごい人だ。
 私が好きになれない私を好きだと言ってくれて、私が唯一好きでいれる相手だ。
 きっと、他にないくらい。


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