【一粒の愛】
くみちゃんは可愛い。
寒いからと制服の上にキャラクターものの着ぐるみパジャマをすっぽりと被って部屋でくつろいでいる彼女を見つめる度に、私は肩を震わせながらいつも思う。
出会った頃の彼女はまだ14歳で、そのままずっと子どものままなのだと何となく、思っていたけれど。
「ねぇ」
「なぁに?」
こたつの隣に座ってドーナツをかじりながらテレビを見ていたくみちゃんが、ふいに私の肩をつついたので柔らかく微笑む。まだあどけなさの残る丸い瞳が、じっとこちらの顔を覗きこんだ。
「……ええと、どうしたの?」
何も言わずにぎくしゃくと固まってしまった彼女に首を傾げる。
あまりかまっていなかったから拗ねてしまったのだろうかとも思ったけれど、今日は仕事の付き合いで頂いたドーナツがあると伝えた瞬間からごきげんだったはずだし、感情の分かりやすい子ではあるのでそうも見えない。
耳まで赤くなって落ちつきなく視線をさまよわせているくみちゃんが発しているサインを何となく感じて、笑いをこらえながら頭を撫でた。そのまま、小さく唇を重ねてみる。
「ちがっ……! あー、もー、そうじゃないの!」
「え? キスして欲しかったんじゃ、ないの?」
じたばたと不満そうに呻きながら私の膝の上に収まったくみちゃんを、からかうように後ろから抱きしめる。季節が変わる度に背比べをしてきては、もう少しなのに、と悔しそうに唇を尖らせる彼女は、確かに出会った頃と比べて少し、抱き心地も変わったかもしれない。
「……かばん」
「うん?」
「かばんとって」
「はいはい」
むくれた様子で体を預けた彼女に苦笑いして、そばに置いてあった鞄に腕を伸ばす。自分から不意打ちのキスをしてきた時はいたずら好きの子どもみたいに満足そうに笑っているくせに、私が仕返しするといつもこうやって、照れ隠しに拗ねたふりをするのも、可愛い。
「……あのさ、絹枝さん、今年はチョコ何個もらった?」
「年の数だけ?」
「……」
「冗談よ」
鞄の中を探っていた動きをぴたりを止める彼女に笑ってみせる。去年も一昨年も同じ事を聞いてきたなぁと考えながら、わざとらしく付け加えてみた。
「でも、大好きな子からはまだ貰ってないなぁ。楽しみにしてたのに、貰えなかったら悲しいなぁ。――ね?」
「あ、あげないって言ってないじゃん!」
抱きしめたまま最後に耳元で囁いた途端、慌てて取り出された包みを彼女の手のひらごと受け取る。なんだかんだで毎年こうやって手作りのチョコレートをくれるのだから、本当に可愛い。
くみちゃんとは誠実で健全なお付き合いを続けていこうと浮気だけは絶対にしないよう心に決めてはいるけれど――というより、今となっては彼女以上に好きな相手ができる気がしない――付き合い始めたきっかけや経緯を考えると、あまり余計な心配をかけるのも気が引ける。
彼女が素直な愛情を示してくれるのならば、私も、真っ直ぐに答えてあげたかった。
「ねぇ、食べてもいい?」
「……いーけど」
ぽそぽそと呟くくみちゃんの肩越しに包みを丁寧に開いて、チョコレートでコーティングされたハート型のクッキーをゆっくりと味わう。おいしい、と言葉にすると彼女は恥ずかしそうに私の腕の中で体を丸くした。
黄色いくまのフードを脱がせて、柔らかな髪の上に顎を乗せたまま目を閉じる。近頃は、夜眠れないことも少なくなった。そばに誰かがいなくても、いつだって私の心には彼女がいて、独りにはならなかった。
可愛い、私の、大好きな。
「私もね、くみちゃんにあげようと思って買ってきたんだけど。食べたい?」
「うん!」
今度はぴんと背筋を伸ばして膝から降りた彼女に笑いながら立ち上がって、用意しておいたチョコレートを戸棚から取り出した。市販品ではあるけれど、美味しいと評判の有名店を毎年厳選している分、くみちゃんも楽しみにしているのは知っている。去年のお店も好きだったよ、と嬉しそうに顔をほころばせる彼女の前で小さなチョコレートを一粒つまみ上げて、そっと口元へと運んだ。
「おいしい?」
まだ口の中に残っているからか、言葉はなくとも精一杯表現しようと何度も頷く。たとえ絵本の森に行けたとしても、こんなに可愛らしいくまは他にいないだろうなとおかしくなった。
「もー。なんで絹枝さん、すぐ笑うの?」
「内緒」
一人でくすくすと笑う私を訝しむ彼女に答えて、二つ目のチョコレートに手を伸ばす。健康そうな唇を小さく開いて待っているくみちゃんを見ているとなんだかいたずら心がわいてしまって、私はそのまま、甘いかたまりを自分の口へと放り込んだ。
「あ」
ずるい、と続けようとしたらしい彼女の台詞が途中で遮られる。
驚きで硬直したくみちゃんをしばらくの間堪能してから、私は重ねていた唇をつうと離した。まだ目を白黒させたままでいる彼女の喉が動くのを見届けてから、尋ねてみる。
「おいしかった?」
真っ赤な顔で私の肩にもたれかかったくみちゃんが、ずるい、とだけ甘えた声で答えた。
――出会った頃14歳だった彼女は、もう18歳で。
ずっと子どもだと思っていたはずの彼女がいつの間にか大人になっていくのを誠実で健全なお付き合いを続けて待つしかなかったこちらとしては、少しくらいご褒美をもらったっていいんじゃないかと、思う。
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