【揺れる揺れる電車とゆれる】
例えば、通学中。例えば、遊びに出かける途中。
電車に乗る度、恋をしている。
私の恋は唐突に始まり唐突に終わる。本日一人目のお相手は、右斜め向かいに座っていたスーツ姿のお姉さん。二人目は、左隣に座った女子高生の膝から下。三人目は、前を通りすぎた女の人の香水の匂い。他にも、他にも、電車がどこかの駅に停まってしまえば呆気なく終わる、儚い恋。
「かみちゃんってさ、電車に乗るといっつもぼけーってしてるよね」
失恋の痛みにたそがれている私の腕をしかめっ面で引いているのは、右隣に座る友人Aだ。家が同じ方向だからという理由だけでいつも私と一緒の電車に乗りたがり、他に予定が無くて寂しいからという理由だけで私と一緒の休日を過ごしたがる、そんな友人A。
名前はちゃんとあるけれど、恋の余韻が薄れてしまうので友人Aと表記する事にする。これは私がどんなに浸っていてもすぐに私だけを見てとばかりに話しかけ、無視をしてみても実力行使の腕力に頼り、やはり私だけを見てとばかりに拗ねてしまう、センチメンタルとは縁遠い面倒臭い人間なのだ。
「……今なんか、失礼なこと思ってたでしょ」
「マキが私の高尚な趣味の時間を邪魔するのが悪いよ」
「なにそれ。どんなこと考えてたの?」
「あの姉ちゃんの足たまんねぇなぁげへへ?」
「変態?」
数分前まで考えていた事を友人A――もといマキの顔を真剣な表情で見つめながら答えると、素敵なスマイルで切り捨てられる。人体の造形美を愛でる高尚さを理解できないとは、なんて可哀想な子どもだろうか。
それはさて置き、私は最近一目惚れごっこにはまっている。電車内で視界に入った人間の良い所をとにかく探し、恋をしていると脳に錯覚させ、相手が電車から降りれば諦めよく失恋するという単純明快な遊びだ。
「……病気?」
「いや、要するに電車乗ってるのが暇なだけ」
「わ、私のことはずっとかまってくれないくせに!」
溜め息をつきながら時計を眺める私の肩に爪を立てるマキを無視して、次はどんな遊びで暇を潰そうかと腕を組む。一人実況なんかは、どうだろうか。
――おっとマキ選手、神木選手の肩にしがみつくのを諦めました。車内で目立つ事を考慮したのでしょうか? 解説の田中さん、どう思われますか?
――いやぁ、油断はできませんよ。マキ選手の手元の動きに注目して下さい。
――どうやら携帯電話を触っているみたいですね? なるほど、田中さん。
――そう、神木選手にメールですね。文面には一言ばか、これは効果的です。神木選手は拗ねたマキ選手にとにかく弱いですからねぇ。
「ねぇマキ、飴食べる?」
「……かみちゃんがくれる飴って年寄りくさいのど飴しかないじゃん」
一人実況にも飽きて、ポケットに入っていた包みをマキに握らせる。そっぽを向きながらも手を握り返してくる仕草に、からかいすぎたかなぁと少し反省した。
私は、臆病者なので。
どれだけ他の人間に恋をしてみようと頑張っても、結局は隣にいる友人Aが気になってしまう。くだらない冗談しか返せずに、あと一歩が踏み出せずに、知らぬ間にこの気持ちが消えてくれないかと願ってしまう。
確かにマキは私に好意的だけれど、そこらにいる姉ちゃんを見るよりもっとやましい目で彼女を見てしまう時もある自分に気付かれてしまうのは恐ろしいし、こうして手を握り返してくれる事もなくなってしまえば、私はたぶん、どうしようもないくらい傷付くだろう。
マキが好きだと、言えたらいいのに。
左手で取り出したのど飴を奥歯で砕いて、揺れる電車の中で私はひたすら、恋をしている。
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