【初恋とは】
がつんと、脳に食い込むような痛みで目が覚めた。
悶々としているうちに寝入ってしまったらしく、いつの間にかベッドから転がり落ちたことにも気づいていなかったようだ。段差の低いものを使っているからその時はあまり衝撃がなかったものの、床で寝返りを打とうとした拍子に縁で頭をぶつけてしまった。
背中を丸めながら涙目で額を押さえて、体にかけられていた布団を払いのける。布団ごと落ちたのかと思ったが、乱れていない様子からして後で歩がかけてくれたのだろう。さすがに、千春を持ち上げるのは無理だからして。
「……歩?」
ベッドに向かって、恐る恐る声をかける。返事はなかったものの顔を合わせる勇気はまだ持てず、ためらいがちに続けることにした。
「その、さ。昨日のことだけど、なんていうか、私だって別に忘れてたわけじゃなく」
「おはよー、千春ちゃん。朝ごはんできたよー」
「てえ、あ、う」
右斜め上に話しかけていたはずが、突然に開いた枕元のドアから聞こえてきた声に硬直する。すでに寝巻きから着替えて身支度を整えている歩が、きょとんとした様子で千春を見下ろしていた。
先に起きてたのかよ、と思わず脱力する。危うく、もぬけの殻になったベッドに向かって延々と喋り続けるところだったではないか。
「食べないの? もう9時過ぎだよ」
「……食べるけど」
手櫛で寝癖を整えながら力なく立ち上がって、台所に戻っていく彼女について歩く。先に洗面所に向かってから食卓につくと、焼きたてのホットケーキを乗せた皿が鼻歌まじりに目の前に置かれた。どうも、いつもと変わらない様子に調子が狂ってしまう。
バターとメープルシロップを胃もたれしそうなほどかけたホットケーキを上機嫌でぱくつく歩をちらちらと覗き見ながら、自分の皿にケチャップと粒マスタードをかけた。特に会話をするでもなくもそもそと口を動かすだけというのは、実に落ち着かない。
「あ、これ食べたら美夏ちゃんと出かけてくるね。お昼は適当に食べてもらっていい?」
「あー、うん」
「ていうか、なんで千春ちゃんホットケーキにケチャップかけるのよぅ。ホットケーキって甘くないと意味なくない?」
「別に意味なくなくないし、これ美味しいし」
「そっかなぁ」
「うん」
話しかけてくる歩にぎこちなく返して、またもそもそと咀嚼する。
会話がなければ落ち着かないし、あればあったで落ち着かないのだから、結局、ひたすら食事だけを続けた。しばらくしてから玄関のチャイムが鳴って、慌てて出て行く歩をぼんやりと見送る。
怒っていないのだろうか。怒っていないというより――気にしていない?
一人きりになった部屋で、ソファーに座って膝を抱える。
考えてみれば、物心がついた頃から隣にいるのが当たり前だった。
嬉しい時も悲しい時も、繋いだ手の先にはいつも彼女がいて。楽しい時も悔しい時も、いつも一緒に過ごしてきて。これから先も、ずっと、ずっとそばにいたいと思うようになったのはいつからだっただろう。
いつから。
それはたぶん、今まで当たり前だと信じていたものを、当たり前だと信じていられなくなった時からなのだ。歩の隣に千春以外の誰かがいる未来を、想像してしまった時から。
どんなに近付いても、触れ合っても、二人の間に薄い隔たりがあるように感じてならない。皮膚と皮膚を遮る目に見えない何かがもどかしくて、昔ほど素直に接することが出来なくなった気がする。
昔と今で、変わってしまった自分が悪いのだろうか。
歩はずっと変わらずにいる。好きだと言葉で伝えるすべを忘れないし、相手に触れることも恐れない。子供の頃と同じように接してくれる。
――だから嫌だった。
歩の気持ちも、昔から変わらないままだったら。相手に伝えたい大好きの意味が変わってしまったのが千春だけだとしたら。確認することで見えない距離が広がって、今の距離すら保てなくなる事が何より怖かった。
一歩踏み出した別の未来よりも、過去と同じままの現在を選んできたのは自分一人のはずだ。だって、彼女は変わっていないのだから。選ぶ必要も、悩む必要もなかったはずなのだから。
「……わけ分かんなくなってきた」
膝を下ろしながら煙草に火をつける。その、はずだと決め付けてきたものが千春の思い込みに過ぎなかったかもしれないのだ。
歩は決して頭が悪いわけではない。確かに突拍子もない言動が多いし、ふざけた態度を取ってばかりだけれど、いたずらに千春を傷付けるようなことは決してしない。昨日の言葉も、嘘ではないと思う。
かといって今朝も、いつもの歩だ。歩も昔と変わっていたのかもしれない、というだけで自分の気持ちを素直に伝えられる性格なら、千春も苦労はしていない。
(ていうか、もし歩も私が好きだったら、私って何したいわけ?)
付き合いたい、といっても20年以上一緒にいるのだから今更だ。
デートがしたい、といっても大体どこへ出かけるにも一緒だ。
同棲してみたい、といっても既にルームシェアはしているわけだし、実家にいた頃も似たようなものだった。特別な変化は、これといって思い当たらない。
(いや、そりゃ触ってみたいとかは――)
脳裏を過ぎった妄想を慌てて振り払う。
無理だ。恥ずかしすぎる。想像しただけで限界だ。
「考えるのやめよう。うん。休憩」
わざとらしく独りごちて頭を掻き毟る。
歩が何時に帰ってくるのか知らないが、時計を見てもまだ10時にもなっていない。それまで延々と考え続けていたらハゲが出来てしまいそうだし、気分転換でもして一度頭を冷やすべきではないだろうか。
灰皿で煙草をもみ消してから重たい腰を上げ、何をしたものかと辺りを見渡す。
ひとまず流しにある食器を洗って、台拭きでテーブルを丁寧に磨く。テレビの上にうっすらと積もった埃も気になったのでこれも磨いた。床に掃除機をかけて、洗濯物も干さなければと脱衣所にある洗濯機に放り込んだままの衣服を取り出す。
「……」
歩の下着をつまみあげてしまったので無言で戻して蓋を閉めた。
今までは気にしてもいなかったのに、意識した途端どうにもならない自分が嫌になる。落ち込んでしまいそうになったので、別の作業を探すことにした。
そうだ、クローゼットの整理がまだ途中だった。のそのそと自室に戻って、一旦隅に寄せておいたダンボール箱の中身を漁る。
写真屋で貰える薄っぺらい紙のアルバム。歩の写真しか入っていないので戻した。
小学生の頃に流行っていた交換日記。交換相手が歩だったので戻した。
荒れていた中学時代に書いた日記。6割が歩のことしか書いていなかったので戻した。
高校の修学旅行で買ったお守り。何を思ったのか恋愛成就の文字に辟易して戻した。
その他諸々、手に取るなりすぐに戻した。
――ひょっとすると、自分で思っていた以上に歩が好きだったのではなかろうか。
整理を投げ出して思わず身悶える。何が楽しくて歩が書いた文字を見ただけで切なくならなければならないのだ。歩との会話を思い出しただけで頬が緩まなければならないのだ。歩の顔が、声が頭を過ぎる度に心臓がざわめかなければならないのだ。
考えないようにすればするほど意識してしまう。昨日までは、ここまで酷い症状は出なかったはずなのに。
家にいるのがまずいのだ、と考え直す。こんな閉鎖空間にいたままで気晴らしになるわけがない。太陽光を浴びるのが何よりだ。
適当な服に着替えてから財布と携帯電話だけをジーンズのポケットに押し込んで家を出る。出かけるといっても特にこれといった場所が思い浮かばないのが悲しいところなのだが、大学の友人を誘って遊ぶ気分でもない。
アパートの表通りをぶらぶらと歩きながら、携帯で時計を確認する。なんだかんだでお昼と呼んでいい時刻にはなっていたが、朝食が遅かった分どこかで食事という腹具合ではなかった。むしろ昨日の夜に食べたものを考えると、一食抜いてもいいくらいだ。
バスで街に出れば服や雑貨を見て暇を潰せるけれど、面倒臭いので結局近場だけで済ませることにした。レンタルビデオショップをひやかした帰りにコンビニで雑誌でも立ち読みすれば他に行くあても出てくるかもしれないので、まずは前者に足を向ける。ホラーの棚を一番に物色しつつ、たまにはと他のコーナーも見てまわった。
(あー、これ歩が見たがってたやつ……)
いつも貸し出し中になっているDVDが1本だけ残っていたのを手にとって眺める。パッケージがあるだけでひょっとすると中身は実在しないのではないかとまで思っていたが、珍しいこともあるものだ。
少しだけ悩んで、財布の中を覗き込む。1,2本だけ借りるのはどうも損をするようで気が進まないが、煙草の本数を減らせばいいだけの金額を出し渋ってばかりというのもどうだろうか。ひやかすだけの予定だったけれど映画を見ればそれだけ時間も進むのだし、千春も何か選んでおこうとホラーの棚まで戻っていった。
途中にある、恋愛映画の前で足が止まる。
――いや、そういうのはなんというか、自分のキャラじゃないだろう。
かぶりを振りながら前に進んで、結局ろくに内容を吟味しないまま適当におどろおどろしいパッケージを引っつかんだ。まずい。完全に、色ボケ状態ではないか。
ため息をつきながらレジで小銭を支払って、手渡されたビニール袋を力なく提げる。考えてみると、悩んでいる時に思考の行く先を切り替えるのは昔から苦手だ。一人で行き詰っている時は大抵、隣の彼女がさりげなく手助けしてくれてばかりだったから。
独りでいることに慣れていないんだなと、改めて思う。歩のそばはいつも騒々しくて、振り回されているうちに笑ってしまって、うじうじと悩む暇も与えてはくれなかったのだ。
ぼんやりとしたまま道なりに沿ったコンビニに入ったものの、読んでいる雑誌の内容も目から滑り落ちていくだけで、
「ちーはーるさんっ♪」
唐突に背中に衝撃を受けた時も、しばらく反応が出来なかった。
「……あ、美夏ちゃん」
「美夏ちゃんです。……なんか、いつにもましてテンション低いですねぇ」
腰にまわされている腕の先を辿って呟くと、眉を八の字にした美夏がつまらなそうにぼやく。千春としてはいつも通りに振舞っているつもりなのだけれど、抱きつきがいがないです、と体を離された。
「今日、出かけたんじゃなかったの? 早かったね」
「一緒に買い物したりぶらぶらしてただけですけどねー。なんか歩さん途中で用事出来ちゃったみたいで、あたしだけ先に帰ってきたんですよ」
「そうなの? ごめんね」
残念そうに肩をすくめた美夏に思わず謝る。
首を横に振って、彼女は困ったように笑った。
「別に怒ってませんし、気にしないでくださいよ。あ、暇ならお茶しません? 公園デートしましょう、公園デート」
「いいけど、ご飯くらい奢るのに」
「ちょこっとでいいんですよ。代わりにこれ買ってください」
差し出されてきたカフェオレとプリンを受け取って素直に頷く。
公園デート、といってもこの辺りには小さな児童公園しかないので、千春と美夏の他には子供が数人砂場でしゃがみこんでいる程度だ。夏休みにでもなれば子ども会がラジオ体操の集会場にしているから多少の活気はあるものの、普段からそう利用者があるわけでもない。思い切り体を動かしたい人間は逆方向にある運動公園の方へ流れていくのだ。
隅にあるベンチに腰掛けて一息つくと、ぱきりと付属のストローを剥がす音が聞こえた。
「――で、ケンカでもしたんですか?」
ストレートに尋ねられて言葉に詰まった。
確かに聞かれそうな予感はしていたものの、自分でも混乱している事態を上手く説明できる自信がない。これが男女間での話ならまだまともな相談もできたのだろうが、仮に千春か歩のどちらかが男だったとしたらさすがの両親もルームシェアなど許してくれなかったろうし、美夏と隣人になることもなかったはずだ。運命の歯車とやらは、そうそう都合よくまわってくれない。
「ケンカとは、ちょっと違うと思うけど。……何か言ってた?」
「んー、特には。ただ歩さんも元気なかったので、そうかなーと」
濁しながら聞き返すと、美夏はのんきな口調でストローでパックの中身を啜った。ていうか、と付け足す。
「ずっとぼんやりしてたみたいだから、一応理由聞いたんですけどね。返事がごめんねと大丈夫ばっかりじゃ、今度はあたしが切なくなっちゃいまして」
ひょっとすると、自分のせいだろうか。
口調とは裏腹にいかにもしょげかえってみせる美夏から目を逸らして、足元に視線を落とす。今朝の様子を見た限りだと、あの歩がそんな風に落ち込んでいる姿なんて想像も出来なかった。
千春の頭の中を見透かしたように、美夏が呆れ声で言う。
「それ、千春さんが忍者修行してるから気付かないだけですよ」
「は?」
意味がよく理解出来ずに顔を上げる。知りません? と彼女は人差し指を立てた。
「ほら、忍者って麻の苗木とかタケノコとかを、毎日飛び越える修行するじゃないですか」
「……いや、聞いたことはあるけど。誰がいつそんな事したって?」
「例えです、例え。伝わりにくいって友達の間じゃ評判なんですよ」
そこは自慢するところじゃないだろう。
怪訝そうに眉根を寄せると、ぴんと立てていた指をそのまま宙で振って続ける。
「まあ、あたしは千春さんの妹兼ファンクラブ会長ですけど、歩さんの友達でもあるので複雑なんです。お二人がぎくしゃくしたままだと、落ち着いて勉強にも身が入らなくてお小遣いも減らされちゃってなんやかんやで最終的にはグレちゃうかもしれません」
「……考えとくよ」
「そうして下さい」
慰めなのか助言なのか、はたまた脅しなのか分からない台詞に溜め息をついた。
やっぱりこの子は、誰かさんと似ている。どの選択肢にしろ、元気付けているのだけは確かなんだろう。実際、一人でいた時よりは気分が楽になった。
「それじゃ、あたしはまた出かけてくるので」
「うん。ありがと」
ぱっと立ち上がって背筋を伸ばした美夏に苦笑する。去り際に、コンビニ袋を腕に押し付けられた。
「奢ってもらっといてアレなんですけど、これは歩さんにどうぞ」
「……用意いいね」
「ま、妹なので」
初めからそのつもりで選んだのだろうか。プリンが入ったままの袋を膝の上に置き直して、いたずらっぽく笑う美夏にひらひらと手を振った。アパートとは逆の方向に曲がっていくのを見届けてから、千春も腰を上げる。
「……修行ねぇ」
どういう意味なのか首を傾げて、そばにあった雑草をひょいと飛び越えてみる。
苗木も日々成長していくけれど、その変化は微々たるものだ。長い年月をかけて大木に育ったとしても、見慣れたものだからと違和感なく飛び越せるほどの脚力がつくと、要はそういう修行であったはずで――
考えて、はたと足を止めた。
(――いつも一緒にいるから、相手の変化に鈍くなってるってこと?)
今更になって気付かされて頭を抱える。高校生に言われないと、分からないのか。
昨日と同じ今日を繰り返しているつもりだったけれど、変わらないものなんてないのだ。生き物は全てが成長していくし、景色も四季も毎日移り変わっていく。背が伸びれば、顔立ちだって大人びていく。
心は、どうだろうか。
帰路を終えてから古びた階段を上がって、自宅の鍵穴に差し込んだ手をまわした。かちりという音を聞きながらドアノブを捻る。
「ん?」
開かない。出かけた時は、確かに鍵をかけたはずなのだが。
「……ただいま」
「あ、お、おかえり」
再び鍵を挿し直してから声に出すと、奥からぎこちない返事が戻ってきた。たぶん、千春が出かけたのと入れ違いに帰ってきたのだろう。玄関に荷物を置いたまま靴を脱いでリビングに入ると、ソファーにいた歩が気まずそうに顔を伏せた。少しためらってから、千春も隣に座る。
灰皿を引き寄せようとした手を止めて、無言のままライターだけを弄んだ。乾いた唇を舐めて、ことりと机の上に戻す。
「あの、昨日のことだけどさ」
歩が怒っていたのは、確かに指輪のせいもあったかもしれない。でも、それだけでもないのだ。千春が真正面から向き合ってくれないことに、何より腹を立てたのだと思う。
どう言えばいいのか分からずに口ごもっていると、沈黙を遮って歩が笑った。
「……やだな、千春ちゃんずっと気にしてたの? もー、ただの冗談じゃない」
彼女の真意は何だろうか。
千春が信じていたい、歩の気持ちは何だろうか。
「困らせちゃったみたいでごめんね。千春ちゃんが嫌なら、これからはふざけて抱きついたりもやめるから、だからね。私、千春ちゃんとずっと、いっしょがよくて」
「――いい」
笑い声に混じる嗚咽を聞きたくなくて、ぼそりと呟く。相手の前で泣くことも出来ないような一緒なんて嫌だ。無理をしてまで、一緒にいる意味なんかない。
「やめなくていい」
「……え、と」
手のひらを掴みながら繰り返すと、戸惑ったように歩がこちらを見つめてくる。
静かに息を吸って、一息に吐いた。
「――歩が好きだから、やめなくていいって言ってんの!」
言い切ったものの途端に恥ずかしくなって、真っ赤な顔のまま歩を見つめ返した。
また、一人で空回りしているだけだったらどうしよう。あれは本当に冗談で、恋愛感情ではなかったとしたら? こちらの好きの意味を誤解されてしまったら?
正直、もうどうでもよかった。相手を信じられないまま素直に気持ちを伝えないで諦めるのが、何より馬鹿らしくなってきたのだ。その証拠に、握った手と手の間に隔たりを感じない。
ぽたりと、皮膚の上に水滴が落ちる。
「ちょっ……な、なんで泣くわけ?」
「だ、だって、びっくりして」
丸い瞳からぽろぽろと零れてくる涙を慌てて拭いながら歩がしゃくりあげる。千春ちゃんが悪いんだよ、と拗ねた子供みたいに続けた。
「……私だって、ずっと好きだったもん。でも千春ちゃん、昔から相手にしてくれないし、私だけ違ってたらやだし。……ちーちゃんのばかぁ」
「う……そりゃ、悪かったって思うけど」
二人とも、似たようなことしか考えていなかったわけだ。おまけに、二人ともが同じ年下の女の子に気を遣わせてしまっている。そのうち美夏にも謝らないといけない。
ぐずぐずと鼻をすする歩の頭を撫でて、胸元を叩いてくるこぶしを甘んじて受け入れた。こっちだって、何年悩んできたと思っているのだ。気持ちは痛いほどよく分かる。
泣いているうちに気が晴れたのか、目の周りをうっすらと赤く腫らした歩が身を乗り出して、千春の前髪をそっとかきあげた。
「ねぇ。反省した?」
「……しました」
「結婚してくれる?」
「……してください」
「素直でよろしい」
頷くと、額に唇を落として嬉しそうに笑う。こちらからは出来ないくせに、体を離しながら物足りなく思っている自分が相変わらず情けなかった。
初恋は実らないとよく言うけれど、お互いに初恋しか知らなかったから他と比べようもない。今までも、そしてこれからも、そばにいるのが当たり前なのだから。
ずっと、ずっと。
Back End