【あなたの想いが届いたら】
「ばっれんたいんでーっきぃっす♪」
「……」
「ばっれんたいっんでーっきっす♪」
「……」
「ばっれんっ」
「いや、そこしか知らないなら無理に歌わなくていいから」
リズムに合わせて肩を揺らしながら歌う恋人を呆れ顔で見つめてから、千春は手のひらの中にある包みに改めて視線を落とした。
チョコ、である。
バレンタインの、チョコレートである。
生まれてはじめて好きな人から貰った、のである。
しかも手作りということもあって眠気も忘れてはしゃいでいたので、今更になって照れてきたので、ある。
「ふふんふんふーんっふぅーんっ♪」
一方、渡してきた側のテンションはもうひたすらに上がりっぱなしなわけで。
相変わらず調子外れな鼻歌をご機嫌で奏でている歩をちらりと見やって、どうしたものかと考えあぐねる。
ここで、今からほんの少しだけ前の会話を思い出してみよう。
「え、うわ、すごい嬉しい。どうしよ」
「――こっちがどうしようだよぅ!」
「わっ、ちょっ……」
「あーもー千春ちゃん可愛い! 可愛い可愛い!」
「ばか、痛いって、ちょっと」
「あ、照れてる? 照れてるでしょ? ねぇねぇねっ痛い!」
「うるさい」
「……うう。なにも叩かなくていいじゃないー」
「――あー、でも」
「なに?」
「……私、歩の分用意してないんだよね。明日、っていうか、まあ今日になっちゃうけど。欲しいものとかあったら、聞くし」
「え、別に気にしなくていいよ?」
「でもほら、何かさ」
「んー。あ、じゃあねぇ」
「何?」
「千春ちゃんが欲しい!」
「……は?」
「ばっれんたいんでーっきぃっす♪」
そして、今に至るわけである。
私の恋人は馬鹿なんじゃないかな、と思うわけである。
「ねー、まだ?」
「……」
焦れったそうに催促されて押し黙る。
別にまあ、普段ならスキンシップの一つや二つくらい意識せずとも出来る。どちらかといえばベタベタなシチュエーションを歩が好むことも知っている。
とはいえ向こうから言われてしまうと、どうしても恥ずかしさの方が勝ってしまうのだ。にまにまと嬉しそうに笑いながらこちらの様子を伺っているところを見ると、彼女も分かってやっているらしいけれど。
「……ええと」
「はいっ」
ずっと手にしていたチョコレートをひとまず脇に置いて、こほんと咳払いをしてから歩の肩に手をかける。
元気よく背筋を伸ばす彼女を前に、一度頭の中でシミュレーションをしようと深呼吸して――
「――や、やっぱちょっと待って」
「ええー?」
途端に熱くなった顔を両手で押さえて、不満げな声を耳にしながら情けなく呻いた。
千春ちゃんって変なとこで照れるよね、なんて言われても恥ずかしいものは仕方がない。顔から火が出そうとはこのことだ。
しばらくその状態のまま固まってしまった千春にため息をついて、しょうがないなぁ、と歩が腕を伸ばした。
「はい。これ開けて?」
「え、あ、うん」
ぽすりと膝の上に置かれたチョコレートを持ち上げて、首を傾げながら丁寧に包みをほどく。
中から現れた綺麗な赤い箱を開くと同時に甘い香りがして、思わず頬が緩んでしまった。今すぐ食べていいものか悩んでいると、行儀よく並んでいるうちの一粒を歩がひょいと指先で摘む。
そのまま、起こしていた上半身をゆっくりと押し倒された。
「あーん」
「……まって、余計恥ずかしいんだけど」
「だめ。欲しいものくれるんでしょ?」
彼女の長い髪が頬に触れて、くすぐったい。
どんどん鼓動を速めていく心臓の音や、自分の上に重なってくる柔らかな感触や体温、慣れているはずなのに意識してしまう優しい匂いに頭がどうにかなってしまいそうで、ぎゅっと目を瞑りながら言われるがまま唇を開く。
とろけるように甘い味が口の中いっぱいに広がって、そのまま、彼女がずっと催促していたことを続けてきた。
――幸せでは、あるのだけれど。
幸せすぎて、恥ずかしすぎて、死ぬんじゃないかとも、思う。
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