【むつごといずこ】

 特にこれといって、明確な答えを期待していたわけではなくて。
「ねー。千春ちゃんって、私のどこが好き?」
「……何、急に」
 隣で眠たそうに瞼を閉じていた千春に、ふと思い付いて尋ねてみる。
 のろのろと目を擦りながら呻く彼女の前髪をかきあげてから、優しく頬に触れた。甘えるように、再度繰り返してみる。
「ねーねー、どこ?」
「いや、どこって言われても……」
 途端にぎこちなく視線を逸らす千春に、吹き出しそうになるのを堪える。
 ずっと起きていた歩の方が暗がりに目が慣れていたし、灯りを一つ残しているとはいっても寝ぼけ半分の彼女にはばれないだろうが、正直、口元が緩むのを抑えるのすら必死だった。
 答えよりも照れた千春が見たかっただけなので、隠すのにも一苦労だ。
「じゃ、じゃあ、そっちこそ私のどこがいいわけ?」
「全部!」
「……アホらし。寝る」
 が、思わず笑顔で即答してしまったせいで、からかわれていると判断した千春が拗ねたように呟く。
 ぷいと背中を向けて頭から布団を被ってしまった彼女の肩を慌てて揺すった。
「あ、ちょっと誤魔化さないでよぅ。私はちゃんと答えたじゃない」
「はいはい、全部ね」
「だめだってば、もうちょっと具体的に!」
「あー」
 すっかりいつもの調子に戻ってしまった千春がしばし考え込んで、
「……おっぱい大きいとこ?」
 ぽつんと続けた答えに静まり返る。
 何も言わずにもそもそと背中を向けて、瞼を閉じた。
「いや、冗談なんだけど。何か言ってくれないと困るし」
「……私も寝よっと」
「え、ちょ、ほんとに怒ってんの?」
 居たたまれなくなった千春が跳ね起きて弁明するのを無視して、冷たく返す。
 冗談ならもっと説明しやすい答えが他にあるだろうに、この焦りようからすると半分くらいは本音だったのかもしれないし。
 つくづく、分かりやすい恋人である。
「ちゃんと好きだってば、ねぇ。歩が一番好き。可愛い。ね?」
「やだ。もう知らない」
「わ、悪かったからさぁ……」
「やーだ」
――もっとも、まあ。
 分かりやすいところも素直じゃないところも、情けないところも。
 全部全部、可愛くて大好きだけれど。


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