【我が家といえど、真夜中は不思議と怖いものである】

 歩と一緒に、レンタルビデオを借りに行った。
 5本セットで借りた方が安いから、いつもお互い好きなビデオを2本ずつ選んで、残りの1本は二人で楽しめるものを選ぶ。
 でもテレビはリビングにしか置いていないから、どのビデオを選んでも結局は一緒に見る事が多かった。
「……なんで千春ちゃんはいつも怖いのばっかり借りるのよぅ」
 寝る前に千春が自分の選んだビデオを手に取っていると、ラベルを見た歩は顔をしかめる。
 そんな事を言われても好きなものは好きなのだから仕方が無いと思った。歩はしきりに自分の借りたアニメ映画にしようと言ってきたけれど、今日は自分の番のはずだと譲らないでおく。
「先に寝といたら?」
「せっかく借りたなら、見ないと勿体ないじゃない」
「……また眠れなくなったとか言っても知らないよ?」
 それでも歩は一緒に見ると聞かなくて、千春は溜め息をつきながらビデオを再生する。ストーリーを簡単に説明するなら、昔惨劇のあった呪いの屋敷の話だった。邦画だから、舞台は当然日本だ。
 二人でソファーに腰掛けていたけれど、歩が千春にべったりと引っ付くように座っているものだから快適とは言い難い。「うわ」とか「ひゃあ」とか間抜けな声をあげては抱き付いてくるものだから煙草もろくに吸えなかった。いつもこうだ。
 約2時間の映画を見終わって、満足しながらテレビの電源を切る。なかなかにリアルで面白かった。
「……うう、やっぱ見なきゃよかったよぅ」
 千春とは対称的に、歩は憂鬱そうに嘆きながらクッションに顔を埋める。怖いものは苦手な癖に、無理をして最後まで見るからだ。
「ね、ねぇ千春ちゃん。千春ちゃんがどうしてもって言うなら一緒に寝てあげても」
「やだ」
「いいよってちょっと即答しないでよ!」
 涙目で言ってくる歩を無視しながら洗面台まで行ってしゃこしゃこと歯を磨いた。歩が買ってきたお揃いのコップを見て、恋人じゃあるまいしと半眼になる。まあ、嫌な気はしないのだけれど。
 歩が歯磨き粉のチューブをもっと丁寧に搾ってくれるようになったら、千春も何かお揃いのものをプレゼントしてあげようと思う。永遠に来ないかもしれない。
 口をゆすいでいると隣で歩も拗ねたような顔で歯を磨き始めた。チューブはやっぱり、力任せに搾る。
「歩がどうしてもっていうなら、一緒に寝てあげようか」
「ちはるひゃんがほうひてもっへいーなは」
 千春が意地悪に笑ってみせると、不満そうな歩は歯ブラシをくわえたまま泡だらけの口で喋る。汚いし聞き取りにくいから早く口をゆすぎなさいと軽く頭を叩いてやった。
「……う、ちょっと飲んじゃった」
 それは悪いことをした。


 一つのベッドに二人で眠るのは昔からよくあった事だけれど、この年になるとさすがに少し狭い。千春は昔よりも背が伸びたし、歩は遠慮というものを相変わらず知らないからだ。
「なんで大の字になって寝ようとするわけ?」
「千春ちゃんこそ、なんでこっちガン見しながら寝るの? あ、私が好きなの?」
「アホか」
 壁側を向いて寝るのが癖なだけなのに、歩が壁側に寝ているからだ。「私こっちじゃないとベッドから落ちそうで眠れない」とか言っていたのはどこの誰なんだろう。
 大体、千春は電気を全て消す派なのに歩のために豆電球を一つ残しておいてやったのだから、少しくらいは感謝してベッドの所有率を譲るべきだ。
「ねー千春ちゃん」
「んー……何? 早く寝なよ」
 瞼を閉じて気合いで寝ようとしていたのに声をかけられる。いつの間にかベッドの上で正座をするような恰好をしている歩に肩を揺さ振られて、千春は渋々と目を開けた。
「トイレ行きたい」
「……行けばいいでしょ」
「無理無理。怖いもん」
 だから付いてきて、だなんて子供じゃないんだから。
 のそりと千春も身体を起こして、結局歩に付き合ってやる。トイレに行くまでの短い道のりすらも腕にしがみついてくる彼女に、もう二度とホラー映画は見せまいと思った。
「さすがに中までは入らないよ」
「わ、わかってるわよぅ。でも絶対そこいてよ? 勝手に戻らないでよ?」
 念を押しながら歩は恐る恐るといった感じにドアを開けて中に入っていく。ごそごそと物音がしたけれど用を足す音は聞かないようにしておいてあげた。
「ひゃあああ!?」
「歩!?」
 早く終わらないかなとぼんやりと指の爪をいじっていたら、急に歩が叫び声をあげた。瞬間、頭の中に蘇るのは映画でやっていたワンシーン。トイレに入っていたら急に殺人鬼の霊が現れて、襲いかかってくるのだ。
 歩が一人でトイレに行くのを嫌がっていたのもこのせいで。
 まさかとは思いながらも慌ててドアを開けて中に飛び込んだ。鍵は、かかってなかった。
「どしたの!? 大丈夫!?」
「え、あ、ちはるちゃっ……」
 呆然と座っている歩の肩を掴んで問いかける。普段饒舌な彼女がぱくぱくと金魚のように口を開くだけの様子に余計心配になった。
 真剣な顔の千春に、歩は顔を真っ赤に染めながらぽつりと答える。
「あの……蜘蛛がいただけで」
「はぁ?」
 指で示された窓には、本当に小さな蜘蛛が一匹張りついていた。
 怖がっていた所に急に目の前にあれが落ちてきて、驚いただけだと彼女は説明する。
「んな大袈裟な。びっくりさせないでよ」
 内心ほっと胸を撫で下ろしながら歩の頭を撫でた。ホラー映画を怖がっていたのは、彼女だけでなく自分もそうだったらしい。
 それでも歩の顔はまだ赤く染まったままだ。ふと、千春も冷静になってくる。
「だ、だからもう見ないで欲しいんだけど……」
「……」
 もじもじと合わされる彼女の膝は、素肌が剥き出しになっていた。つい視線を下にやると、用を足すために脱いだであろうズボンと下着とが見える。
 少年雑誌のグラビアなんて目じゃない。
「黙ってないで早く出てってよぅ!」
「いたっ! わざとじゃないのに蹴る事ないでしょ!」
「ほらまた見てる!」
「見てない!」
 顔を赤くして怒鳴り合いながらばたんとトイレのドアを閉めて出て行く。つくづく人の心配を無にする女だと思った。なんだか腹が立ってそのまま置いていってやる。
 一人でベッドの真ん中を陣取って先に寝ていると、戻ってきた歩にまた蹴られた。
 どうでもいい話だけれど、翌朝お隣の美夏から千春の携帯にメールが来たせいで目が覚めた。
『仲が良いのは分かったんで、夜中に騒ぐのはやめてください』
 どうして歩でなく自分に言ってくるのかと思いながら、隣でぐっすりと寝こけている幼馴染みの頬を軽くつねる。
 寝ぼけた歩に、やっぱりまた蹴られた。


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