【夕飯とは、一日の終わりを締め括る大切なものである】
スーパー丸福はアパートから少し歩いた場所にあって、日常的な買い物はいつもそこでする事にしている。
食事は出来るだけ自炊しようと二人で決めたから、今日も夕飯のメニューを買い物しながら決めようと一緒に出かけてきたところだ。
入口に積まれた見切り品を物色する千春を置いて、歩は買い物かごの乗ったショッピングカートを押しながら足早に店内に入っていく。遅れた千春が店へ入ってすぐの野菜売り場に着いた頃には、もうかごの中に自分の好きなチョコレート菓子を2つほど入れてきていた。
まるで子供だな、と思いながらかごから1つを摘み出す。戻してきなさいと歩に押しつけたら、彼女は唇を尖らせながら不満そうに千春を見上げてきた。
「いいじゃない。千春ちゃんのけち」
「2つもいらないでしょ」
それじゃあ、と歩は付け足す。
「私の分と、千春ちゃんの分だよ」
「どうせ歩が食べるんだから意味ないよ」
本当は1つ多いくらい別にいいのだけれど、お菓子は一人1つだけ、というのは癖のようなものだった。千春の母親はいつもそれだけしか買ってくれなかったから。
反対に歩の母親はなんでも買っていいよというものだから、歩と一緒に買い物へついて行くのを楽しみにしていた記憶がある。
歩は「千春ちゃんのけち」ともう一度言ってからカートを置いてお菓子売り場の方へ歩いていった。
夕飯は何にしようかと思いながら一人で売り場を見てまわる。事前にメニューを決めておいて必要なものだけ買う事も多いけれど、なかなか決まらない時はその場の気分と直感で買い物をする。
「あ、千春さんっ♪」
「うご」
大根が食べたいから家にあるホタテの水煮缶と一緒にサラダでも作ろうとかごに入れていたら、カートを押す背中に軽快なタックルを浴びて変な呻き声が出た。
周囲の視線を恥ずかしく思いながら肩越しに後ろを見ると、セーラー服姿の美夏が子泣きじじいよろしく千春の腰に抱き付いていたので無言で引き剥がす。
「歩さんは一緒じゃないんですか?」
「……お菓子の所じゃないかな」
首を傾げながら問い掛けてくる美夏にぐったりしながら答えてやる。腰が地味に痛い。
彼女は見た目は可愛らしいけれど妙に癖があって、先ほどのタックルのようにパンチの効いた子だと千春は思っている。身近に一人似たようなのがいるからだ。実際、気が合うようで仲が良い。
でも千春の前では妙に畏まっているから、歩ほど好かれてはいないんだろうか。
「美夏ちゃんこそ一人? おばさんは?」
「うちの両親、今夜いないんですよ。だからご飯買いにきました」
「なるほど」
割り引きの惣菜狙いですけどねと美夏は笑ってみせる。夕飯代のお釣りは小遣いになるそうで、しっかりした子だ。これなら一人残して留守に出来るだろうなと思った。
「千春さんの所は何にするんですか? 好きな人とかいます?」
そういえばまだ一品しか決まっていない。サラダしかない夕飯だなんて見た目にも心にも寂しかった。
後半は何の脈略もない変な質問だけれど。
「まだ決めてないよ」
「好きな人を?」
「違う。夕飯を」
「あたしと歩さん、いい加減どちらにするのか選んで下さい、みたいな」
「……歩のアホが移ったの?」
昼ドラのような台詞を吐く美夏に、千春は哀れむような視線を送る。歩も同じような冗談をよく言ってくるから、自分だけは絶対歩菌に感染しないようにしようと誓った。
「んん、美夏ちゃんは何か食べたいものとかある?」
「え、いいんですかっ?」
何がいいのかはよく分からないが参考にしようと尋ねてみると、美夏は「千春さんの手作り……」なんて呟きながら考え込む。
週の半分以上は千春が作っているのだから、料理の腕を不安がられているなら心外だ。朝からカツ丼を作ったり夕飯なのにケーキを焼いたりする歩と一緒にしないで欲しい。
「あ、オムライスとか食べたいです」
「オムライス? 最近食べてないし、いいかもね」
「ケチャップでハートマークを」
「書かない」
美夏の脳天に空手チョップを落としながら千春は即答する。もうこの子は取返しのつかない所まで汚染されているらしい。
「それじゃ先に帰りますねっ!」
「え? あ、うん」
結局何も買わないまま美夏は手を振りながら店を出て行く。夕飯の買い物はどうしたのかなと、残された千春はぼんやり思った。
「千春ちゃーん♪」
「あぐ」
また背中に軽快なタックルを浴びて変な呻き声が出た。
もう引き剥がすのも面倒で、千春はうんざりと腰に抱きついている歩を見やる。
「夕飯決めた? アイスならデザートだから買っていいよね?」
「決めたけどハーゲンダッツは戻してきて」
「けち」
言いながらも歩は小さいながらも高そうなカップをかごに入れる。滅多に食べないものだからたまには許してやった。千春も食べたいから後で半分奪うけれど。
「……早く買い物して帰ろ」
なんだかどっと疲れてしまって千春はからからと力無くカートを押す。
オムライスの材料を買ってから家に帰ると美夏が玄関の前でスタンバイしていたから、何かあったのかと尋ねたらご馳走になりますと満面の笑顔で返された。夕飯を彼女の分も作らないといけないのかとようやく気付く。
とりあえずおばさんに千円ほど貰っていたらしいから、三百円ほど徴収する。
「……千春さん、結構ケチですね」
同居人に言われ慣れているから聞き流した。
「ねー、ハート書いてよ千春ちゃん」
「書かない」
「きっと千春さんは県の条例で『オムライスで人をもてなす時はケチャップでハートマークを書く事』って定められてる事知らないんだよ、歩さん」
「帰れ」
「じゃあ代わりに私と美夏ちゃんが千春ちゃんのオムライスにハート書いてあげる!」
「あたし美術部だからそりゃもう上手なハートマーク書けますよ。見てください!」」
「やーめーろー!」
――ケチャップの味しかしないオムライスは二度と食べたくない。
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