【恋の呪いは無意識に】

 別に、言葉は同じでもそれに含まれた気持ちまで同じだなんて、思ってはいないけれど。
「あ。この人、やっぱ可愛いよね」
 つい先程まで読書に熱中していたはずの恋人が、テレビ画面に近頃お気に入りの女優が登場した途端そう呟いたのを聞いて、まただ、と歩は小さく唇を尖らせた。
 誰にだって好きな芸能人の一人や二人いるだろうし、自分にも似たような経験はある。映像でしか見る事の出来ない相手と張り合うだなんて馬鹿馬鹿しいとは分かっているのだから、この程度で浮気だなんだと目くじらを立てるつもりはこれっぽっちもない。
 が。
――そりゃ、千春ちゃんは気にしてないんだろうけどさ。
 画面が切り替わったと同時に文庫本へと視線を戻す彼女を横目で見やって、膝元のクッションを抱き抱える。気にする以前に、気が付いてもいないという方が正解なのだろうけれど、あまり面白くないのは確かだ。歩には滅多に聞かせてくれない言葉を、こうもやすやすと他人に向けられては落ち込みもする。
 あの千春が――あの、意地っ張りで恰好つけで、強気なくせに打たれ弱い幼馴染みが――好意を行動で示してくれるようになっただけでも十分すぎるほどの進歩だとは思う。自分で言うのもなんだが、愛されている自信もある。
 だからこそ欲張りすぎている気がして、もっと言葉でも伝えて欲しいと強く言えないのだ。
「……千春ちゃんさー、あの人のどこがそんなに好きなの? 千春ちゃんが誰か褒めるってすっごく珍しいよねぇ」
「ん?」
 遠回しに、嫌味を言ってみたりはするとして。
 素直なのか鈍いだけか、どこって言われてもなぁ、などと考え込む姿が余計しゃくにさわるが、ここで怒ってもまず理由から説明するはめになるだけだ。ひとまず答えを聞くことにして、腹いせにクッションを指でつねった。
 返答によっては千春の頬もつねようかと思うので、練習も兼ねて。
 そうそう、と一人納得した声をあげて、また文庫本を開きながら彼女が続ける。
「前は全然知らなかったんだけどさ。ほら、この間終わったドラマで主役してたじゃん」
「うん」
「で、美夏ちゃんと話してたら歩に似てるって言い出したんだよ。最初はそうでもないと思ってたんだけど、家族に似てるって言われたら結構気になっちゃうし見ちゃうじゃん? そのうち歩そっくりに見えてきたから面白いなって」
「……はい?」
 呑気に笑いながらページをめくる千春にぎこちなく聞き返す。
 ちょっと、かなり、猛烈に恥ずかしい事を言われた気がするのだけど。
「あの……私に似てるから好きなの?」
「似てるよ? あーでも、声は歩の方が好きかも。あの人ちょっと低めなんだよね」
「そ、そーなんだー……」
 不満そうな彼女に生返事をしつつ、血圧が上がってきたのを感じてクッションに顔を埋める。
 これだから、鈍いのは困る。無意識なら平気でこういう事を言ってしまう辺りが、特に。
 千春は気が付いていないだろうけれど、それでは女優の好きなところというより、歩を基準に比べているようにしか聞こえないではないか。
――歩に似ているという理由で女優を可愛いと褒める千春と、何の罪もないクッションと、つねられるべきはどちらだろう。
「……歩、何やってんの?」
「わたひがふぁからかられすぅ……」
「いや馬鹿なのは知ってるけど」
 それでもやっぱり、本人にだってたくさん伝えて欲しいと思ってしまって。
 なんとも複雑な気持ちで、自分の頬をただただつねった。


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